起業家・ベンチャーキャピタル・投資家を繋ぐコミュニティ・マガジン

VC vision
前編 後編
第14回 ベンチャースピリッツ・シンフォニー  前編 スピードを加速させる
国際市場における技術開発競争は、熾烈の度合いを強める一方である。
国内大手企業にとって、自社内の取り組みにとどまらず、
社外のベンチャーにも目を向けて新たな技術を開発・導入することが、
企業の成長に欠かせない重要タームになってきている。
1998年に米国シリコンバレーでパナソニック・デジタル・コンセプト・センターを立ち上げ、
コーポレートベンチャーを軌道に乗せてきた松下電器は、その目的を、
キャピタルゲインを狙ったベンチャー投資ではなく、
自社製品の商品力強化 を実現する新技術の獲得にあると語る。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
松下電器コーポレートベンチャーの位置づけ
アントレプレナーシップを確立させたい

【森本】 まず最初に、パナソニック・デジタル・コンセプト・センターが松下電器の本社技術部門内に設けられた経緯からお聞きしたいと思います。
【樺澤】 パナソニック・デジタル・コンセプト・センター(以下、PDCC)を、本社のR&D(技術開発部門)の中に設けている点が、その目的を明確にあらわしていると思います。R&Dに特化した案件への投資で、当社の新技術の開発に役立つベンチャーを掘り起すこと。そして、シリコンバレーのベンチャービジネスの手法やポテンシャルを松下電器のR&Dに取り込んでいこう、ということでPDCCを立ち上げました。
【森本】 PDCCの設立は 1998年ですね。
【樺澤】 はい。当社では、その何年も前から、シリコンバレーでアンテナオフィスとして現地の技術情報の収集拠点を持ち、ベンチャーと協業を進めていました。それをより本格化させるためにシリコンバレーに先端技術の研究所を設立しようとしました。しかし、そのとき、いざ研究所を設立しようとしても、その人材がなかなか獲得できない問題に直面しました。当社としては、最先端の技術に精通する人材がほしかったのですが、そういう人は、すでに自分でベンチャーを起こしており、何百億ドルもの利益を求める活動を自分で始めていて、当社の社員になる由もなかったわけです。当社としては、いくら高い報酬で迎えるといっても、年収で何億ドルも出せるわけではありませんので、研究所の計画はうまくはいきませんでした。しかし、いろいろ調査を重ねていくうちに、シスコやオラクルがコーポレートベンチャーを始めていることに注目するようになりました。1997年のことです。実際に話を聞きいてみると、これが当社にとっても意義のあるスタイルではないかということになり、このコーポレートベンチャーに取り組みたいという提案が了解されて、PDCCが1998年にスタートするという経過を辿っています。
【森本】 コーポレートベンチャーを始めるに当たって、シリコンバレーでどのような調査をされたのですか。
【樺澤】 まず、シスコやオラクルがどんな手法でコーポレートベンチャーを展開しているのかを詳細に取材し研究しました。また、シリコンバレーにあるR&Dの研究所がどのようなことをやっているのか、そして、どういうパターンが成功しているのか、このことを徹底的に調査しました。その結果、我々が重要視したことは、スピードです。長い時間をかけて社長の決裁を待っているようでは、ベンチャーとのパートナーシップの実現には間に合わないということです。今でこそ、当社では、意志決定のスピードアップが進んでいますが、それでも通常のスピード感ではベンチャーから短期間の意思決定を迫られては対応しきれません。


産業としてベンチャーキャピタルを確立する

【森本】 意思決定に時間をかけていては、せっかくのビジネスチャンスが、他のベンチャーキャピタルにとられることになってしまいます。
【樺澤】 そこで、我々は、仕組み作りから始めました。まず、投資の目的と技術分野の枠組みを決めて、ファンド展開ではなく、案件ごとに直接投資する形態にし、収支決算期間を3年間にしました。そして、ベンチャー投資の全体戦略について全社で意思決定した後は、一件一件の投資は、社長に代わって技術担当役員が判断するという仕組みをつくることで、スピードアップを図りました。当時は森下社長の時代でしたが、この仕組みに理解を得られ、技術部門の中でベンチャーに投資するコーポレートベンチャーの設立が実現しました。
【森本】 松下電器としては、初めての取り組みになるので、いろいろ困難なこともあったのではないですか。
【樺澤】 我々は技術開発部門なので、お金、法務、知財などは専門外です。ベンチャー投資をするには、これらの問題をクリアにする体制が必要です。そこで、この各分野では本社専門職能の協力を得てチェックしていく体制を整えました。この専門職能によるチェックと合議の体制によってスピード化の実現が図られています。
【森本】 そのシステムは、具体的にどのように機能しているのですか。
【樺澤】 現在、技術ベンチャリング推進チームは、私を含めて国内に3名のスタッフと、シリコンバレーのオフィスに5名の人員が在籍しています。シリコンバレー5名のうち4名が現地採用のベンチャーキャピタリストで、1名が日本本社からの出向者の構成になっています。その他に、イギリスにも、専任ではありませんが、パイロット的にベンチャービジネスでも動いてくれる者が1名います。これらのスタッフのうち、シリコンバレーのメンバーが、主に案件の発掘と投資対象の決定を行い、それを本社の法務、知財、経理、財務、技術のメンバーが綿密にチェックを入れるという段取りになっています。もちろん、現地のベンチャーキャピタリストも、これらのチェックは行いますが、最終確認を行うのは本社技術部門の責任となっています。特に、技術に関しては、我々技術ベンチャリング推進チームが責任をもって審査することになります。そして、最後に、技術担当役員の判断で投資活動を行っていきます。この成果を全社レベルで3年ごとに総括し、周囲状況に適応するように活動ターゲットを見直す等の全体戦略を決定するという仕組みで当社のコーポレートベンチャーは展開されているわけです。今ちょうど4期目に入ったところで、設立から約10年が経っています。





HC Asset Management Co.,Ltd