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VC vision
前編 後編
第20回 日本型ベンチャーの奔流  前編 ものづくりという資源
株式会社インスパイアは、元マイクロソフト日本法人社長の成毛眞氏が創立した
経営コンサルタント会社である。
幅広い角度から企業経営をサポートし、
その創業期からベンチャーキャピタル事業にも着手して、
ファンド運営を手がけてきた。
同社グループでベンチャーキャピタル業務を担う
株式会社インスパイア・インベストメントの芦田邦弘代表取締役会長と、
ベンチャーキャピタルユニット・チーフファンドディレクターの
井出敬也氏にお話をうかがった。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
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技術を使った製造工程にフォーカスする

【森本】「ハンズイン」という言葉が、御社の最大の特色だと思いますが、ハンズオンとどう違うのでしょう。一般にベンチャーキャピタルのハンズオンでも、理念に掲げるほどに機能できているわけでありませんが。
【芦田】 先ほどからも申しあげているように、ベンチャー企業が不得意な販売を全面的に支援できるネットワークを持っているということです。それからもう一つ、大手事業会社にとって、社員数が10名程度の小規模なベンチャー企業と技術や製品と契約をするのは不安があります。我々が間に入ることで、そうした不安を払拭させて信用を与えることが可能になります。そして最後に、人員の補強ですね。ベンチャー企業は、やはり、経営体制が脆弱です。そこをしっかりフォローすることも我々が重視するところです。
【井出】 ハンズオンの定義はいろいろあるのですが、たとえば、銀行系のベンチャーキャピタルが本行の融資がスムーズにできるようにキャピタルとして仲介することもハンズオンの一つだと思いますし、証券系が将来のIPOを睨んで証券会社との橋渡しをするのもそうでしょう。役員を派遣することを、ハンズオンと定義されているベンチャーキャピタルもあると思います。ただ、我々は独立系のファンドとして、できる限り実効的な面、つまりPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)を改善することにハンズオンの重点を置いています。そして、それを行うにはただ、手を置く、「オン」では足らなくて、企業の懐まで手を差し延べる「イン」というより強いスタイルでなくては実行できないというのが基本的な考え方です。また、事業会社のリソースでハンズオン、ハンズインの育成をしようとする時に、研究開発が中心になっているアーリーステージの段階では、事業の実質的な面で事業会社が関与できる範囲が非常に狭いのです。とりあえず「開発がんばってください」と応援するくらいしかできないことが多い。そこで、3号ファンドでは、ファンドの出資企業のリソースを有効に活用できるよう、技術そのものよりも、その技術を使って製造、量産段階にいたった企業にもフォーカスすることで、さらに実効的な支援のモデルができあがってきました。たとえば、先ほどから話に出てきている技術や製品の販売支援や資材調達の最適化、ユーザーを意識したアプリケーション開発の推進、企業全体の経営支援といった点が上げられます。こういったミドルからレイターステージのほうが、支援としてやるべきことが具体化されてきます。それらの一つ一つをハンズインのテーマとして、ベンチャー企業の内部にまで目配りしながらすすめる積極的な関わりが、我々の支援スタイルの特徴だと考えています。そういう意味で、我々のファンドの出資者である大手事業会社のリソースを有効に使おうとすれば、ある程度、製造段階にいたった企業のほうが、大手企業の新技術ニーズに即した技術支援を進めやすくなるといえると思います。
【森本】 アーリーステージを含めた2号ファンドまでと異なり、3号ファンドで製造過程にまで事業を進めている企業へ対象をシフトさせた直接の契機は何でしたか。
【芦田】 それは、日本は「ものづくり」で生きていかなければならないことが大きいからです。「ものづくり」にも、製品製造から、特殊な材料や新素材を作るもの、また、ITを使って新しいことをする場合もありますから、バイオも含めて分野は幅広く広がっていきます。その意味で、ベンチャー企業も、先んじた動きを止めずに事業を継続することが大事になります。当然、技術開発も続けていかなければなりません。
【森本】 しかし、それがベンチャーにとっては非常に厳しいことです。
【芦田】 そうなのです。販売力が弱いことから、資金が続かなくなる悩みも抱えています。現在の日本のベンチャーには、その継続させるための支援が、最も重要になっていると思います。

「ものづくりのステージ」を掘り下げる

【森本】 ハンズインで継続した支援を目指す3号ファンドは、どのような状況で進んでいるのですか。
【芦田】 3号ファンドは、いま26億円が集まっています。これを30億円まで伸ばし、10社くらいに投資しようと考えています。1社につき1億から3億円を投資していく計算です。現在、リチウムイオン電池の開発を行っているエナックスに出資し、2社目も近くクロージングの予定です。このリチウムイオンの会社は、ユーザー候補でもあった日野自動車の社長経由で製品の良し悪しの判断や技術の評価をいただいた案件です。
【森本】 御社でのベンチャー支援の場合、ベンチャーに投資するだけでなくて、その技術を大手企業へと橋渡しすることも、一つのポイントとなっています。
【芦田】 やはり、大手企業に買ってもらえることもイグジットのひとつですから。
【井出】 技術やその市場性を評価するうえでは、芦田の持つ大手企業とのネットワークが重要になっていますし、そういったデューディリジェンスの過程が、技術の橋渡しやプレ・マーケティングとして機能する場合も多くあります。できたばかりの技術の評価は難しいものがありますが、日々いろいろな案件を見ていく中で、我々のファンドのリソースをうまく活用していただける会社のイメージとして不文律ながら社歴10年、売上10億円という目安のようなものができあがりつつあります。
【森本】 なるほど。
【井出】 これはどういうことかといいますと、ものづくり企業では、創業から5年くらいは補助金と受託開発が中心で、製造ベースでは収益が上がらないケースがほとんどなのです。紆余曲折を経て、社歴10年くらいでようやく拡大量産のステージに至ります。そういう企業の量産、増産のためのやや大型の資金ニーズに応えるのが我々の狙いです。また、売上10億円というのは、会社として1年間に10億円のお金を回せるくらいの顧客や事業があれば、次のステップへ成長する土台があると考えられますし、事業リスクも創業期の企業とくらべ比較的低いと考えられます。我々が、他のベンチャーキャピタルよりもやや大型の資金を投入し、集中投資のスタイルをとるのは、ものづくり企業の実状をふまえた、 こういった発想からです。
【森本】 それは2号ファンドまでの教訓から得た結論ですか。
【井出】 そうです。やはり、できたばかりの技術は、なかなかビジネス化ができなかったという経験がありましたから。しかし私は、技術はローテクであってもいいと思っています。現在、日本で事業として成功している製造業の多くは、一世代二世代前に先行投資して開発した技術を活用し、製品を量産して投資資金の回収をしている状況だと思います。小さい企業で収益を上げやすい領域は、ある意味でローテクの分野です。昨今の上場する企業の中でも、半導体の検査装置やプリント基板周りの技術は意外に多いのです。
【芦田】 ローテクをちょっとハイテク型にするとか、特殊な材料を使うといった技術は、爆発的に売上が伸びることはありませんが、逆に、なかなか販売量は落ちていかない特徴があります。ITの場合は、急激に伸びたかと思うとがくんと落ちたりします。ローテクがベースになった技術は、売上が落ちないだけでなく、上場した後でも伸びていく力強さがあります。
【井出】 バイオにしてもITにしても、日本の技術開発で米国型のベンチャーの成功シナリオに沿った成功企業はあまり出ていません。これは技術立国であってもコアな要素を持つ技術の着想や開発は必ずしも日本が強いわけではないことを示唆しているのかも知れません。日本で産業的に優れているのは、やはり、「ものづくりのステージ」であって、普段は技術と混同されて理解されていますが、ファンドとしては「開発している企業なのか、製造している企業なのか」という点は、きっちり区別して認識しておく必要があります。


後編 「ハンズインという支援」(10月17日発行)へ続く。


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