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VC vision
前編 後編
第21回 大学ベンチャーの黎明  前編 知財というキャピタル
経済産業省が今年9月3日に発表した
「18年度大学発ベンチャーに関する基礎調査」によれば、
大学発ベンチャー企業数の累計は1590社に達し、
大学別のベンチャー企業数の累計では、
東京大学は101社を数え、3年連続で一位であった。
東京大学では、2004年に総長直属の産学連携本部を立ち上げ、
全学を連携したベンチャー支援体制を強化している。
今回は、東京大学エッジキャピタル代表取締役社長の郷治友孝氏に、
全国の大学発ベンチャーをリードする東京大学の
ベンチャービジネスに対する取り組みについてうかがった。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
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東京大学産学連携本部と密接に連携しながら

【森本】 東京大学でベンチャーキャピタルが設立された経緯からお聞きしたいと思います。
【郷治】 直接のきっかけは、2004年4月にスタートした東京大学の国立大学法人化です。それまで国立大学は、文部科学省の出先機関の位置づけにありましたから、その運営は完全に国の管理下にありました。しかし、この国立大学法人化で、ある程度大学の自由裁量で経営改革が進められるようになりましたので、各国立大学で独自性を出すことが可能になりました。そうした中で、東京大学では当時の佐々木毅総長と石川正俊副学長が「産学連携をより発展させよう」というビジョンを掲げ、大学の知的財産や人的資産を活用するベンチャー企業を支援するという構想が出てきたわけです。しかし、大学はビジネスに携わる機関ではありませんし、ビジネスの専門家集団でもありません。そこで、東京大学は2004年4月に、それまでの産学連携推進室を産学連携本部として改組・拡充した上で、そこに外部の企業などから知的財産やビジネスに理解のある方々を招いて、産学連携を具体的に実施する体制を整えました。さらに、大学とは別に、産学連携本部と密接に連携するベンチャーキャピタル会社を設立することとなり、こうしてできたのが株式会社東京大学エッジキャピタルです。
【森本】 スタートも同年4月からですね。
【郷治】 はい。東京大学エッジキャピタルの設立を契機に、東大の教員が開発した技術の事業化や東大の人材の活用を行うベンチャーを支援する機運が高まりました。また、我々東京大学エッジキャピタルのほかにも、東大の産学連携に携わる企業としては株式会社東京大学TLO(テクノロジー・ライセンス・オフィス)があります。これは、教員たちが発明した特許や知財を民間企業にマーケティングして、ライセンスビジネスを展開する会社です。東京大学TLOは、国立大学法人化前からあった会社ですが、法人化を契機に東大全体をカバーする会社として大学から公認されたわけです。
【森本】 郷治さんが東京大学エッジキャピタルに関わるようになったのはどのような経緯からですか。
【郷治】 私は大学を卒業したあと、通商産業省(現経済産業省)に入省しまして、そこで「投資事業有限責任組合」制度というベンチャーキャピタルファンドの仕組みを作る担当などをしていました。その際に、ベンチャーキャピタル業界のことをいろいろ学びました。投資事業有限責任組合の法律を作るにあたっては、現場を知る必要もあることから3カ月くらい株式会社ジャフコに出向したこともあります。そうした中で、2003年の11月でしたが、国立大学法人化に先立って東京大学での新しい産学連携の仕組みを検討されていた関係者の方から、東大がベンチャーキャピタルを設立するという話を聞く機会があり、それに大変興味を持ったという次第です。

国立大学の法人化と大学ベンチャー

【森本】 どのような点に興味を持たれたのですか。
【郷治】 ベンチャーキャピタル業界には知り合いも多くおりますし、かねがね、ベンチャーキャピタルは成長性のあるビジネスだと考えていましたので、これはおもしろいと思いました。東京大学エッジキャピタルが産学連携の現場に直接関わることができるベンチャーキャピタルであることも魅力に感じた点です。2004年4月に設立されたときには、私も創業メンバーの一人として加わりました。
【森本】 経済産業省は退職されたのですか。
【郷治】 はい。辞めずに出向の形をとるという案もあったのですが、やるからには専念して取り組むべきだし、ファンドレイズの段階からからやらなくては、と思いまして、2004年4月に経済産業省を退職して東京大学エッジキャピタルに入ることにいたしました。
【森本】 大学に特化したベンチャーキャピタルという業態は、一つのトレンドになっています。
【郷治】 東京大学エッジキャピタルが設立された3年前は、大学発ベンチャーが活発に活動を始めていた時期でした。たとえば、大阪大学にはアンジェスMGというバイオベンチャーがありますが、これは、医学部の森下竜一先生が開発した遺伝子治療薬を作っているベンチャー企業で、株式上場の際に非常に高いバリュエーションがついています。また、オンコセラピーという会社は、東大の医科学研究所の中村祐輔教授が関わって上場したベンチャー企業です。ほかにもいくつか、大学の研究において開発された技術をもとにしたベンチャー企業が上場してくるようになり、証券取引所からも大学発ベンチャーが注目され始めてきた時期でもあったのです。大学ベンチャーの活発化が、ちょうど国立大学の法人化のタイミングと重なったということです。
【森本】 初代社長を務めた山本悟さんは、どのような経歴の方ですか。
【郷治】 山本は、東京海上キャピタル株式会社の社長をつとめ、そこを退職して当社の設立に尽力しました。
【森本】 郷治さんは、2006年に社長に就任されています。
【郷治】 はい、そうです。
【森本】 東京大学エッジキャピタルでは、現在ファンドの数はいくつあるのですか。
【郷治】 ファンドは1本です。83億円規模のもので、2013年12月までの運用期間で設定しています。今後2、3年の間には次のファンドを立ち上げたいと考えているところです。
【森本】 1号ファンドで83億円は、結構大きい規模ですね。
【郷治】 ファンドレイズを始めた当時は、100億円を目指そうと考えていたのですが、最終的に83億円程度になりました。実際にファンドを運用してみると、1号目としてはかなり大きな規模だな、と実感しています。

東大には大きなバリューを生む宝がある

【森本】 出資者を募るプロセスはどのように進めていかれたのですか。
【郷治】 実際、ファンドの資金を集めるに当たって、東京大学にどれだけ事業化できる知財があるのか、ベンチャーを興すような人材がどれだけいるのか、はっきりしたことは分からないわけです。ここが投資家への説明にあたって一番苦しいところです。投資家の皆さんには、東大には事業に結びつけば大きなバリューを生む宝が絶対あるということをお話ししています。2、3年前は、産学連携が一つのブームになっていたこともありました。2004年4月に会社を設立して、5月にファンドレイズを始め、7月にファンド設立に到ったわけですが、その時は29億円でのスタートでした。それから12月末までに83億円が集まったという流れです。
【森本】 出資者はどのような方々ですか。
【郷治】 金融機関が多いですね。あとは事業会社です。三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行、東京海上日動火災保険、日本生命、野村ホールディングス、ジャフコ、日立製作所、東京電力など、全部で22社です。
【森本】 個人のエンジェルはいらっしゃらないのですか。
【郷治】 はい、いません。
【森本】 出資する側にすれば、コンセプトを絞り込んだ出資というよりも、産学連携の可能性に期待するという意味合いが強かったということですね。
【郷治】 それは多分にあると思います。ただ、出資者によって、期待することは異なっています。機関投資家は、やはりリターン狙いで、事業会社は事業の新しい芽に結びつけたいという狙いがあります。ベンチャーキャピタルの出資者は、当社の大学発ベンチャーへの投資がうまくいきそうなら、自分たちも後からそうした大学発ベンチャーに投資しようという考えがあると思います。
【森本】 眠っている知財への期待度は大きいわけですね。
【郷治】 そこは、やはり大きかったと思います。東大はまだ未開拓の領域だという期待もあったと思います。ただ一方で、投資家の方々は懸念もたくさんお持ちでいらっしゃいます。たとえば、大学の技術や人材で本当にベンチャーができるのか、という疑問がありますし、大学がベンチャーキャピタルの経営や投資決定に口出しをすると出資者の利益に沿わない変な方向に行くのではないかという心配もあるようです。
【森本】 そういう疑問にはどう答えるのですか。
【郷治】 まず、東大と我々は、完全に別組織になっているということです。社名には東大が付いていますが、当社の業務執行上の意思決定に東大は関与していませんので、当社の投資活動に大学が関わることはありません。



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