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東京大学には文系と理系を合わせて約5,000人の研究者がいる。
この研究者のすべての研究内容を網羅的に把握して、
その中から事業化に結びつける特許、
技術を見つけ出すことは容易ではないはずだ。
後編では、東京大学が持つ知的財産を有効に活用して、
新たな事業を起こしていく東京大学エッジキャピタルの
ビジネスモデルについて詳しくうかがう。
interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
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【森本】 大学の研究で開発される技術や知的財産を事業化するには、「起業家」という存在が別に必要になりますが、大学関係者がそのまま起業家としてビジネスに取り組んでいくのでしょうか。
【郷治】 知財と起業家は別である、という認識をしています。研究者が自ら起業家になることは基本的にはない、と考えていいですね。起業の後に研究者の方がCTOや技術顧問という形で関わるのは大いに有益ですが、経営者に求められる資質は研究者のそれとは別のものです。ですから、経営陣は他から呼んで別に組織する形になります。
【森本】 いまは、大学の教授がベンチャー企業に関わることは可能なのですか。
【郷治】 はい。教授職を持ちながら取締役や顧問になることもできます。
【森本】 大学を辞めるのではなくてですか。
【郷治】 ええ。辞められる人は少ないです。大学に届を出せば、大学の中の研究職に留まって創業者の一人として出資したり、取締役や顧問になったりということはできるようになっています。給料をもらっても問題はありません。国立大学法人化されてからは、かなり自由になっています。ただ、もちろん本職に支障をきたしてはいけないという規則はあります。
【森本】 東大のような取り組みを行っている大学は他にもあるのですか。
【郷治】 京都大学で、京大ファンドを展開していますが、これは大学専属のベンチャーキャピタルが運用するのではなく、既存の大手ベンチャーキャピタルに大学の名前を冠にしたファンドを運用してもらうというやり方ですね。大学とベンチャーキャピタルが相互にビルトインされた取組みが行われているのは、東大だけではないかと思います。
【森本】 東大の中の知財を使うベンチャーは、必ず、東京大学エッジキャピタルを通さなければならないのですか。他のベンチャーキャピタルで事業化してもかまわないのですか。
【郷治】 可能ではあります。どういう仕組みになっているかというと、東大には5,000人の研究者、3万人の学生がいますが、研究者の方々が職務で発明をしたときは、産学連携本部に発明届出書を出さなければいけないことになっています。学生の場合には産学連携本部への届出は義務ではなく、希望した場合、ということになるのですが、研究者の場合には企業の職員の場合と同様、義務になっています。その届出書の中に、研究者が事業化に関心がある場合に東京大学エッジキャピタルに情報開示することを承認するチェック欄があります。それにチェックが入っている発明情報は全部、我々のところに開示される仕組みになっています。要するに、特許の出願前の、非公開の段階の発明情報が我々のところに来るわけです。こうした仕組みの中で、東大の研究者が、東大と専属的に守秘義務契約を結んでいる我々を通さずに他のベンチャーキャピタルと交渉して非公開の発明を事業化するかというと、普通はなかなかありえませんよね。
【森本】 それは、パブリックインフォメーションではないわけですよね。
【郷治】 ええ、「企業秘密」の情報ですね。そこに実際にアクセスできるのが我々であるということです。東大では、年間600件くらい発明届出が出されますが、そのうちの一部をベンチャービジネスの展開に乗せていくわけです。これは我々にしかできない事業といっていいと思います。
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【森本】 東大の研究者が5,000人とおっしゃいましたが、産学連携に協力的な人と批判的な人がいると思いますが、東大の中では実際、ベンチャービジネスは、どのようにとらえられているのですか。
【郷治】 あまり関心のない人が多いのが実情ですね。みんながみんな関心を持っているとなると、それも不健全な気もしますし、研究者がみんな事業化を目指したとしたら、それも大変な話ですからね。もちろん、教授の中には、産学連携そのものをけしからんとおっしゃる方もいます。学者の本分は研究活動であって、利益の追求とは関係なく真理の探究をすることが重要だということです。
【森本】 ごもっともなご意見ですね。
【郷治】 私も大変重要なことだと思いますが、ただ、研究過程においては、時として事業化できる成果が出てくることもあるわけです。我々は、そうした研究成果を世の中に活かしていかなければもったいないという問題意識を持っています。そのようなお話をすれば、ご理解をいただける教授の方々は多いです。ですから、研究を通じてそうした成果が生まれたときに、ぜひ我々にお声をかけていただける信頼関係を学内全体に作っていかなければいけないと考えています。
【森本】 ベンチャーキャピタルにとって、工学部や理学部、医学部関係の知財を理解するのは難しいのではないでしょうか、また、経済学部、法学部、文学部にもベンチャーの事業化に結びつく知財はあるのですか。
【郷治】 知財が理解しやすいということはないので、技術の専門家の方のアドバイスをいただいたり、勉強をするほかはありません。文系の学部の場合は、知財をもとにしたベンチャーというよりは、アイデアをもとにしたものになります。たとえば、経済学部の関係者が始めた金融関係のベンチャーなどがあります。
【森本】 東大関係者が設立した企業も投資対象になりますか。
【郷治】 はい。東大と何らかの具体的な関係があればよいということにしています。前編でお話した小型風車のベンチャー企業の例のように、もともとは東大と何の関係もなかった企業でも、東大の研究と結びつくことで投資対象になる場合もあります。
【森本】 グローバルでの投資はなさっていますか。
【郷治】 海外でも東大と関係がある企業であれば投資はできます。ちなみに最近は、東大も海外に拠点を作っています。北京に事務所を設置しましたし、米国でも事務所開設の話があります。海外との接点は、今後増やしていきたい課題です。
【森本】 スタッフの構成はどうなっていますか。
【郷治】 私の他は、ベンチャー企業の経営に関わっていた人、ベンチャーキャピタル経験者、コンサルティング経験者、技術バックグラウンドのある人が主たるメンバーです。
【森本】 どのような経緯で集まってこられたのですか。
【郷治】 各人各様ですね。創業時からいるメンバーもいますし、私のもともとの知人であったり、応募してきた人もいます。我々としては、できるだけベンチャー企業の立ち上げからの投資に力を入れていきたいと考えているので、起業経験者を含め、アントレプレナー精神のある方を人材として求めています。
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