【森本】 アンディさんは、ジャフコ・アメリカから独立してグローブスパンを設立されたと伺っていますが、まず、その経緯からお話し願えますか。
【アンディ】 私がジャフコ・アメリカに入社したのは、1997年1月です。ジャフコ・アメリカがボストンに事務所を設立したときでした。それまでの東海岸の事務所はニューヨークにありましたが、そこを閉鎖して、ボストンに新しく事務所を開設するプロジェクトに参加したのがジャフコ・アメリカへ入るきっかけでした。
【森本】 日本にたいへん興味を持っていらっしゃるとお聞きしています。
【アンディ】 私の日本とのかかわりは、高校生のときまでさかのぼります。高校時代の夏休みに、京都に短期留学で日本に訪れています。それ以来、日本に大変興味を持つようになって、ハーバード大学では東アジア経済、特に日本経済について学びました。そして、大学卒業後に、日本に渡って、キッコーマンの開発企画部の仕事に4年間従事していました。その後、ふたたびハーバード大学のビジネススクールに入って、MBAの資格を取った後に、ダイレクトマーケティングの会社であるトランスナショナルに入ります。そこで、トランスナショナルのベンチャーキャピタル部門の設立に携わりました。
【森本】 それは、具体的にどのような事業だったのですか。
【アンディ】 トランスナショナルのダイレクトマーケティングの能力と技術関係の会社を合わせて魅力の大きいビジネスを展開しようというものでした。特にインターネット関係の技術については多くの企業が取り組んでいましたが、ダイレクトマーケティングのノウハウを持つ企業はありませんでした。そこを強みとするベンチャー投資を展開していきました。5年ほど、このトランスナショナルに勤めていました。
【森本】 その実績が認められてジャフコからの誘いがあったのですね。
【アンディ】 ええ。この期間は、キャピタリストとして活動をしていたので、ベンチャー投資に関する経験、人脈、ネットワークの蓄積がありましたから、その実績が評価されてジャフコ・アメリカに入ることになったということです。私は、ビジネススクール時代を含めて1991年から1997年の間は、日本との接点がなかったのですが、1997年に日本のベンチャーキャピタルであるジャフコからボストン事務所設立の話をいただいたときは、非常にラッキーなことだと思いました。それは、私はずっと日本に関係するビジネスをしたいと考えていたし、しかも、これまで携わってきたベンチャーキャピタルの経験が生かせる仕事でしたから、非常に大きなチャンスだと思ったのです。
【森本】 ジャフコ・アメリカがアンディさんに直接コンタクトを取ってきたきっかけは何だったのですか。
【アンディ】 当時ジャフコに勤めていたハーバード大学ビジネススクール時代の友人を通じて、ジャフコ・アメリカの社長であったバリー・シフマンが私に声をかけてくれたのです。バリーとは、グローブスパンの共同創業者として、いまも一緒に仕事をしています。
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