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VC vision
前編 後編
第9回 パイオニアという名のベンチャー 後編 ポストベンチャーキャピタル
現在、ITX株式会社は、ライフサイエンス事業、ネットワーク&テクノロジー事業、
モバイル事業、ビジネスイノベーション事業の4つのカテゴリーで事業を展開している。
それぞれのコア事業の事業展開を軸に、
グループ会社各社の人材、ノウハウ、ネットワーク、情報を駆使して、
投資育成できることが同社の強みだ。
interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
投資先一覧パートナー
コアとなる事業を使って次の事業を生み出す

【森本】 事業育成会社としては、育成し終わった会社は、原則として持ち株の比率を下げていきますよね。そこはどう考えていますか。
【塩谷】 その点は、投資先の保有方針を3つのカテゴリーに分類して考えています。先ほどお話ししましたように、3つのコア事業があります。まず、このコア事業をカテゴリー1に分類しています。このコア事業は過半数以上を保有し続け、事業を大きくしていくと同時に、そこを中心に新しい事業を立ち上げていきます。カテゴリー2は、新規に立ち上げた事業から今後コア事業に発展させていきたいと考える事業です。これらは、IPO後も支配権をもつことのできる持ち株比率で保有していきます。そして、カテゴリー3は、それ以外の案件で、単独で完結している事業です。この分類の企業は、タイミングを見て上場させたり、M&Aで売却したりしていきます。投資先企業をこのような3つのカテゴリーに分けて持ち株の保有方針を決めているわけです。あと、多くのベンチャーキャピタルは投資先の出資比率が低いのでIPOを待つしかないのですが、当社の場合は、出資比率の高い先が多いですから、M&Aもやりやすい。そこも、ベンチャーキャピタルの場合と、違っているところだと思います。
【森本】 M&Aについては、どのような方針で取り組んでいるのですか。
【塩谷】 2000年にITXを設立した当時は、日本国内でM&Aはそんなに盛んではなかったのですが、ここ3年くらいで急速に、企業の売買を行うこと自体当たり前という環境に変わってきています。また、その企業で働く従業員もM&Aに抵抗がなくなってきています。
【森本】 確かに、とてもやりやすい環境にはなってきています。
【塩谷】 M&Aの対象は臨機応変です。カテゴリー3に限らず、カテゴリー2に分類される企業でも、最終的にカテゴリー1にたどりつかなかった場合は、IPOやM&Aで売却ということもありえます。
【森本】 ITXは、単なる投資会社というよりは、付加価値を生むカテゴリー1になる実利のある企業への投資を主軸にする会社と言えますね。
【塩谷】 はい。ですから、現在のカテゴリー1の事業は3つですが、将来的にはこれを増やしていこうとしています。このコア事業については、明確な定義づけがありまして、顧客・技術・パートナー等の面で事業のコアコンピタンスを既に確立しており、その事業の周辺分野へ新たなビジネスの広がりが期待できる事業をカテゴリー1と考えています。

投資先企業の成長を見せていくことが大切

【森本】 ITXの株価の形成において、よくいわれるコングロマリット・ディスカウントは起きませんか。
【塩谷】 当社はコアとなる事業を使って次の事業を生み出すことをやっていますので、それが実っていけば問題はないだろうと思います。ただ単に株をもっているだけだとディスカウントになるかもしれないですね。投資先企業の成長を見せていくことが大切になります。
【森本】 事業育成のプロフェッショナルを謳っていますが、これは実際どういうイメージで捉えていますか。
【塩谷】 現在、プライベートエクイティがたくさんできていますが、彼らの多くがやっていることは財務的なリストラや販管費を削減して、といった話です。個人的にやりたいと思っていることは、売り上げを伸ばしていくことを主軸においておきたいということです。まあ、そこには商社出身というイメージがあるのかもしれませんが、ITXの投資後に、いかに売上を伸ばせるかが一つの差別化だと思っています。そういう売上を伸ばせる力が、ITXグループとして、あるいはマンパワーとしてもてたら、この商売で勝っていけると思っています。
【森本】 ハンズオンといっても、明確な定義があるわけでもなく、実態がよくわからないことが多いですが、「売上を伸ばす」というのはわかりやすくていいですね。
【塩谷】 大体みなさん「コストを削る」とおっしゃいます。事業育成のプロフェッショナルというのを掲げたのは、ITXグループが投資すればその会社は成長できますよ、ということをみなさんに認知してもらえる会社になりたいということです。そのための手段が売上を伸ばすということですね。
【森本】 売上を伸ばすための手段は何になりますか。
【塩谷】 それは、グループパワーを使うということと、人材ですね。いろいろな会社をグループにもっていますと、各種の分野に長けた人材は出てきますから。あとは、外部から連れてくることですね。
【森本】 投資家を広く募るという意味で、将来的には積極的にファンドの展開をしていく考えはないのですか。
【塩谷】 我々は、上場していますので、本当にテーマを絞ったものとか、二人組合的なものは可能性としてはありますが、ファンドの投資家とうちの投資家とのあいだに混在した形が出てくるのはあまりよくないと思います。あえてやるとしたら、マイノリティ投資分野を全部ファンドでやるとか、そういう明確な決めごとをしてからやらないとよくないでしょうね。しかし、現在はその段階にはありません。

インタビューを終えて

日商岩井は総合商社として、販売業務を主体としながらも、早くから、ベンチャービジネスに関わってきた経歴をもつ。日商岩井の情報産業本部はそうした蓄積を背景に、1985年の通信業界の自由化を機に通信事業の投資活動に参入して、投資育成のビジネス化に成功している。その情報産業本部を前身とするITX株式会社が、事業投資のビジネスをさらに発展させ、投資企業をグループ化してその総合力で新たな投資育成ビジネスの輪を広げている姿は、ベンチャー投資の一つの新しいビジネスモデル提起だと捉えることができるだろう。ファンド中心のベンチャーキャピタルとは違うITXのベンチャーの育成スタイルにはたいへんユニークで、投資した事業会社の高い事業収益をグループ全体でフォローする体制は、今後のベンチャーキャピタルが向かうべき一つのあり方となりえるかもしれない。(森本紀行)

次号第12話(2月7日発行)は、株式会社サイバーエージェントの西條晋一さん、鈴木麻美さんが登場いたします。


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