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VC vision
前編 後編
第13回 ベンチャーの帆を高く上げよ  後編 新しいインフラをつくる
株式会社日立製作所のコーポレートベンチャリングの特徴は、
「日立フィット」を重視している点である。
それは、日立自身の事業展開にプラスアルファをもたらす
外部事業を見つけ出し、自社事業部と共同できる企業、技術に投資するというもの。
「キャピタルゲインが第一の目的ではない」の言葉にこそ、
日立のコーポレートベンチャリングの真髄があるといえるだろう。
interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
日立CVC組織図
マッチングファンドでたがいのノウハウを活かす

【森本】 日立の場合は、たくさんの事業分野がある中で、この事業とこの事業をコラボレーションさせようといっても何千種類も可能性がでてきます。その優先順位をつけることは大変ではないですか。
【広瀬】 いや、トップダウンじゃないのです。必ずボトムアップで出てくる要望から事業化させていくものです。人手が足りないといえば、人をまわしてくる場合もあります。
【森本】 なるほど、ボトムから上がってくるものをマッチングするわけですか。投資先の業種はどんなところが主なのですか。
【広瀬】 当然それは、日立の事業に関連するところになるわけですが、だいたいポストIT、エナジーなどが中心になっています。
【森本】 案件の検討件数は、どれくらいになるのですか。
【広瀬】 月50件くらいを検討していますから、累計で年間600件くらいにはなっています。そして、直接投資しているのは、その1%くらいですね。
【森本】 投資のスタイルは、CVC室の直接投資とベンチャーキャピタルとの共同出資の二本柱で行っているのでしょうか。
【広瀬】 基本的には、ディールフローを確保するためと、業界の情報を得るためには、他のベンチャーキャピタルと協力して一緒に投資することにメリットはあります。しかし、それだけでは取れる情報が限定されてきますし、日立が日本でのその製品の販売権がほしいという場合に、それを直接交渉しようと思ったら、直接の投資も必要になってきます。そういう意味から、2本立てでやっていこうと決めています。
【森本】 比率はどうなのですか。
【広瀬】 比率は3分の1が間接で、3分の2が直接の投資になっています。ただ、日本での投資ノウハウが足りないので、ネクストファンドでは、マッチングファンドといって中間のファンドにしています。当社と他のベンチャーファンドとが半分半分で投資しようというもので、おたがいのノウハウの相乗効果が生まれるというメリットがあります。最初にこのやり方をやったのはよかったと思いますし、これからもよければ続けていこうと思っています。
【森本】 育成やハンズオンはどのようになさっていますか。
【広瀬】 投資先のボードミーティングに出席してアドバイスをしたり、営業先を紹介したりしています。また、日立のバックボーンを使った技術的なアドバイスを行ったりもしています。それぞれに応じて行っていますが、まだ形が定まっているというわけではありません。ほかにも、日立で投資先企業の製品や技術を買い上げるというのもひとつの育成だと思います。ハンズオンの仕方は、まだまだ研究の余地があると思っています。

ベンチャー文化の社会化が進むアジア、中国

【森本】 投資先に実際にCVC室から人を送り込んだりしているのでしょうか。
【広瀬】 いまのところそれはほとんどありません。投資先と日立が協業するようないい関係をつくることは大切です。今までの投資先で人を派遣しているのは1社です。
【森本】 CVC室としては、投資先すべての会社にリードを展開しているのですか。
【広瀬】 独立系であまり経営が強くないところには、リードを行っているところもあります。しかし、5,000万円ずつ10社のベンチャーキャピタルが集まって投資していて必ずしもリードできる案件とは限らないものもあります。ケースバイケースということになります。
【森本】 今後の展開についてお聞かせいただけますか。
【広瀬】 今までの経験で最も重要だと思ったことは、ベンチャー活動の前と後が大事だということです。「前」というのは、ベンチャーを生み出すところで、多くは大学とか研究機関です。日立は日本の中で、大学連携を徹底的に進めるため、この2年間で大学と契約した組織的連携を構築して、すぐにスキームチームをつくれるようにしています。米国でも学会などでの交流で自分の技術の提携先を探すよりも、研究室の教授がすぐに自分でベンチャーを始めるようになっています。日立の米国法人でも、「ベンチャー・アンド・アカデミック・リレーションズ」という組織をつくって、アーリーステージの前の関係構築に役立てています。
【森本】 大学連携は、どれくらいの大学と契約しているのですか。
【広瀬】 14大学と組織的連携の契約をしています。そのうちのひとつは、中国の精華大学で海外の大学との連携もいっそう進めていく予定です。そして、「後」ですが、やはり、自分たち自身の売上げに結びつくことをやりたいということです。そのひとつはM&Aの展開ですね。ベンチャー企業のM&Aは非常に難しいことですが、M&Aもチャレンジ゙していきたいと思っています。それと、我々はジョイントベンチャーをつくる活動もしていきたいですね。いままではおもに、スタートしたベンチャーがIPOで終わるところまでをインキュベーションしていたわけです。しかし、その先の関連するベンチャー同士を提携させてより大きくしていくビジネスも取り組んでいきたいですね。もうひとつは、中国、アジアも日本以上に速くベンチャーの文化が社会化しているところがあって、こうした地域での展開を大きくしたいと考えています。今でも、2カ月に1度は米国に行っているのですが、昨年は、米国に行くのと同じくらい中国へも足を運んでいます。


インタビューを終えて

日立製作所CVC室の広瀬正室長の話をお聞きしながら、日立という巨大企業のなかにありながら、その自社事業の全体を細部に到るまで熟知しているということに驚きを覚えた。日立のコーポレートベンチャーは、「日立フィット」に沿ったベンチャー事業に投資し、自社の事業発展に寄与するという明確な目的性が備えられている。いわば、日立の全事業の要の位置にあるのである。さらに、ベンチャーの起業家精神を社内に取り入れながら、日立自身の活性化にも役立てる役割も担っている。つまり、日立全体の情報流通と外部との情報ルートの確立を行うことで、CVC室がコーポレートベンチャーキャピタルとして産業化の足場を築いているのである。こうしたビジョンを、100億円という投資予算がそれを支えている。大手企業のコーポレートベンチャーの展開は我が国のベンチャーキャピタルの未来の大きな指針となるであろう。(森本紀行)

次号第14話(4月4日発行)は、松下電器産業株式会社 コーポレートR&D戦略室 チームリーダーの樺澤哲さんが登場いたします。


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