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VC vision
前編 後編
第19回 わが魂をベンチャーに埋めよ  後編 公開後を視野に入れるベンチャーキャピタル
ベンチャーキャピタルの新しい可能性の開拓に
力を注いできたエス・アイ・ピー株式会社が、次に目指すのは、
ベンチャー企業が株式公開した後のファイナンス支援の事業化だ。
これまで、得てしてIPOが目的になり、
その後のベンチャー企業の成長に関与し切れてこなかったベンチャーキャピタルだが、
株式公開後をも配慮した支援こそが、
ベンチャーキャピタルにとっての重要な任務の一つだという。
interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
パートナー 投資先事例
個人の力量に立脚してハンズオンできる

【森本】 現会長のご子息である齋藤茂樹さんが2007年6月にCEOに就任されて、新しい体制が始まったわけですが、エス・アイ・ピーは今後どのように変わっていくのでしょうか。
【齋藤】 これまでの11年の歴史を踏まえて、新しい体制での取り組みを始めています。その牽引者になるのが、今、ここにいる私と藤原と白川の3人です。この3人が集まることで、日本のベンチャーキャピタル業界に、新しいエポックを与えることができると思っています。米国のクライナー&パーキンスやセコイアキャピタルのような、個人の力量に立脚してハンズオンできるベンチャーキャピタルを求めていきます。
【森本】 3人は、どのような経緯でエス・アイ・ピーに関わるようになったのでしょう。
【齋藤】 私は、NTT出身です。インターネットが発展するにあたり、通信ビジネスからアントレプレナーシップがドライブする業界に移りたいと考えて1994年にNTTを退社しています。その後は、米国に渡り、ネットスケープ・コミュニケーションズに入社し、米国のベンチャーを見てくる機会を持ってきました。
【森本】 エス・アイ・ピーを立ち上げた頃は、まだ米国にいらしたそうですね。
【齋藤】 はい。立ち上げに際しては、米国のベンチャーの調査のために、会長と一緒に米国のベンチャーキャピタルを見て回ったりしました。私が米国で受けたベンチャーキャピタリストの印象は、「ビジネスのプロ」というものなのです。実際に、新規企業の創業者に話をうかがったとき、ベンチャーキャピタルを極めるには、ベンチャービジネスを極めた経験でベンチャーキャピタリストになる道と、博士号を取得する等専門分野の知識を深く持ちながらファイナンスのアナリストから入っていく道と二通りあるという話がありました。そこで、インターネットのベンチャービジネスのキャリアを蓄積するために 米国でベンチャービジネスの道を10年ほど歩いてきました。この経験を持って、ベンチャーキャピタルの道に移ってきたわけです。会長の求めていた生き様を公私ともに近くで見てきましたし、エス・アイ・ピーの最初の事業計画作りから関わりながらやってきたこともあったので、エス・アイ・ピーの新体制の話が出てきた際に、参加することに決めました。
【藤原】 私は、2001年にエス・アイ・ピーに参加して、2005年より、当社の社長を務めています。それまでは、日本アジア投資で審査部長などを務めながら、13年間にわたってベンチャーキャピタルの最初から最後までの業務を経験してきました。その過程で持った問題意識は、投資家に対する責任をどうしたら最も迫力ある形で果たせるのかということです。そういう観点で見ると、独立系のベンチャーキャピタルは、一つの答えになっているという認識があります。ファンドレイズに最初から最後まで関わり、投資育成のプロセスを同一人物でずっと続けられる点はメリットです。投資家に対して首尾一貫した責務を果たす体制が実現できます。エス・アイ・ピーに参加したのも、そうした問題意識を具現化できると考えたからです。

ファンドマネジャーの生の声を聞く

【白川】 私は、会長がジャフコ在籍時に、新卒1期生としてジャフコ入社して15年間投資、育成に携わってきました。ジャフコは、野村グループに属していますが、ベンチャー企業の公開後の支援は当然のごとく野村証券が担当する役割になっていました。 ジャフコはベンチャー企業の株式公開後には関与できなかったのです。そのため、株式公開後にどういう荒波が待ち受けているのか、未公開段階でサポートする立場にある我々が、実は実体を知らないということがあったわけです。しかし、ベンチャー企業の社長が株式公開を目指すという決断をする背後には、社長のほか役員、従業員、さらにはその人たちの家族を含めた何百人もの人間の将来の人生がかかっているのです。
【森本】 大変責任の重い仕事です。
【白川】 そうなのです。しかし、株式公開後のことは、ノータッチ。しかも、証券会社にバトンをタッチした以降の展開が、非常に不連続なものでした。公開後は、証券会社がもう一度最初から会社評価をやり直して、証券会社の考えでベンチャー企業への関わりが始まります。ベンチャー経営者が求めていることは、自分の会社を成長発展させ続けることであって、そのためのサポートのはずです。公開後には、どういうことが大切なのかを強く知りたいと思うようになりました。
【森本】 そこでジャフコを退社なさるわけですね。
【白川】 はい。1996年のことです。そして、上場間際の不動産企画販売会社に転職して、株式公開、IR、ディスクロージャーを担当しました。ここで得た経験は、ファンドマネジャーの生の声を直接聞く立場に立てたことです。証券会社の人たちからすれば、当たり前のことですが、時価総額によって資本市場における扱いがぜんぜん違うことを、当時のベンチャーキャピタル業界の現場の人間で知っている人はほとんどいなかっただろうと思います。私も、ファンドマネジャーとのコミュニケーションを通じて初めて、300億円とか500億円という時価総額が持つ意味の重要性を知りました。
【森本】 未公開の段階から、時価総額に対する目標設定を持っていなければならないということですね。
【白川】 はい。そして、その会社を1年で辞め、未公開から公開後まで一貫性のあるサポートを展開するIPOおよびIRのコンサルティング会社を設立しました。その活動をしているときに、尊敬するジャフコの元役員の方からのお誘いで、準大手証券会社の子会社としてベンチャーキャピタルを設立するので手伝ってほしいとのお話をいただきました。組織的なベンチャーキャピタルの経営レベルでのネットワーク部分を経験したいと思い、 そのお話を引き受けて初代社長に就任し、会社設立・事業計画策定・投資ファンドの企画募集・チームの募集編成といったゼロからのスタートに取り組みました。 そしてこの数年、齋藤茂樹さんといろいろお話しをしていくうちに同じ問題意識にあることに気づき、昨年よりエス・アイ・ピーに参画することになったわけです。

イノベーションがある会社を追い続ける

【森本】 エス・アイ・ピーが投資先として得意としている業界、業種はどのような分野ですか。
【齋藤】 私たちの体制がスタートしてからは多少変わってきているのですが、基本的には、創業以来、イノベーションがある会社を追い続けています。技術革新や新しいビジネスモデルなど、持続的な成長が期待できる事業を意識的に捉えています。創業時代は、いろいろなネットワークの中で幅広い業種にディールソースしながら、メインとしてアーリーステージにフォーカスしていました。ネットワークとしては、公認会計士、大学、ベンチャーキャピタルなどがベースになっていました。
【森本】 ファインディングは、声を掛けていくのですか、それとも自然に集まってくるのですか。
【齋藤】 いままでは、自然に集まってきたものの中から面白いものを選んでいたことが多かったですね。やはり、齋藤篤の経営指導能力に魅力を感じるから、情報も集まってきたと思います。
【森本】 今後はどのようにしていくお考えですか。
【齋藤】 現在、デジタルコンバージェンスファンドを立ち上げていますが、この10年で成長したベンチャー企業で代表されるのは、やはり、ヤフーであり、楽天であることを考えると、日本も米国と同様にインターネットが一つの領域になってベンチャーが活性化してきたと思います。そして、これからの10年は、ブロードバンドの進展で、通信と放送が同じ土俵に乗ってくると思います。今までは、物販としてのeコマースだったものが、音楽や映像というデジタルのプロダクトが商品になってきます。インターネットは、領域としては、すでに大きな産業になっていますから、こうした変化の中で、より一層ベンチャーがビジネスを仕掛けやすくなってくると思います。
【森本】 事実、ポータルを持っている大手も、常に新しいサービスを求めていますから、提携も作りやすい状況にあります。
【齋藤】 ITはまだまだ引っ張っていける領域ですが、ITという括りではなく、ITを使いこなす経営、あるいは、ITのビジネスモデルを他の領域にはめ込んでいくビジネスにフォーカスしたいと考えています。そのほかに、いま着目しているものに、アンチエイジングやヘルスケアがありますが、みんなの意識が高まっている分野で、質の高い経営を実践して成長する企業がどんどん出てきています。そういったものを幅広くスコープしていくファンドにしようというのが、このファンドの狙いです。



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