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VC vision
前編 後編
第22回 ベンチャーキャピタルというベンチャービジネス 前編 経営企画とハンズオンと
グロースパートナーズ株式会社は、
2005年12月に創業した新しいベンチャーキャピタルである。
創業者の萩原義行氏は、若干30歳。
しかも、これまでベンチャーキャピタルはもちろん、
金融機関での実務経験をまったく持たない異色のベンチャーキャピタリストである。
こうした従来にない人材による参入は、日本のベンチャーキャピタル業界が、
新しい時代に入ったことを示す、一つのトピックスといえるだろう。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
パートナーズ投資先事例
お預かりするお金は投資先の成長に役立つように使う

【森本】 ベンチャーファンドを立ち上げようと思い立って、最初に起こした行動は何ですか。
【萩原】 会社を立ち上げる程度の資金はありましたが、ファンドとして運用する規模ではありませんでしたので、ふたたび、それまでにお世話になった方たちに、投資ファンドをつくろうと思っていますと、挨拶して回ったのです。そして、資金提供や投資をしていただけそうな人の紹介をお願いしていきました。それと同時に、ファンドの登記にはずいぶんと苦労をしました。なにせ初めてのことですから、知り合いの証券会社の方や投資ファンドの方にお聞きしたのですが、残念ながら、私のルートでは登記の仕方を知っている人がいませんでした。そこで、インターネットで調べたり、法務局にいって聞いたりしました。実際に登記する際にも、千葉県・船橋の法務局では、投資ファンドについては分からないので受理できないと断られたのです。そこで、東京の法務局へ届けたところすぐに受理してもらえました。ちょうど、ライブドア事件の起きる直前で、規制が強まる前だったので、タイミング的にもよかったのです。
【森本】 ベンチャーキャピタルを始めるにあたって、どのように準備をされたのですか。
【萩原】 個人的に親しくさせていただいていた投資ファンドやベンチャーキャピタルの方々には、ファンドの運用で注意すべきことなどずいぶんとお話をうかがいました。
【森本】 ファンドの設立の際には、投資家の方々にはどのような形でファンド説明をされたのですか。
【萩原】 投資業務の経験があるわけではなかったので、納得してもらうには苦労をしましたが、ファンドや私自身に魅力を感じてもらうことが重要でした。やはり、事業会社時代に私の経験してきた話を通して、ベンチャー企業に投資する意味と可能性をお話していったという形ですね。強調したことは、ファイナンスのテクニックを使って安全にうまく運用するというよりは、お預かりするお金や私の知識、経験を、投資するベンチャー企業の成長に役立つように使っていきたいということです。もちろん基本的には、お預かりした資金は増やしてお戻しするのですが、ベンチャー企業の成長支援に使う点に理解いただくことを重視しました。ファンドが始められたこと自体、運がよかったと思っていますが、経歴としていままで3社の事業会社でキャリアを積んできて、そこである程度の成果を上げてきましたから、その点の評価が大きかったのではと思っています。
【森本】 出資者は個人の方たちなのですか。
【萩原】 すべて個人の方です。法人はありません。
【森本】 現在、ファンドはいくつあるのですか。
【萩原】 一つです。名称は、社名と同じでグロースパートナーズ投資事業有限責任組合です。総額20億円で、GPファンドと呼んでいます。

30歳までに起業して世に自分の価値を問う

【森本】 ベンチャーキャピタルの事業が未経験の御社の場合、かなり未知のファンドということになると思いますが、出資者が込める期待はどこにあるのでしょう。
【萩原】 GPファンドは、アプローチ方法が他のベンチャーキャピタルとは違いますので、成功の可能性が別のところにあるということがポイントになっています。つまり、投資するベンチャー企業の成長に期待してくださっているのだろうと思います。
【森本】 ところで、萩原さんはどのようなお考えから起業家を目指したのですか。
【萩原】 高校2年生くらいのときに、漠然としたものではあったのですが、30歳までには起業して世に自分の価値を問おうという思いがありました。大学卒業後に「フォー・ユー」というベンチャー企業に就職したのも、そういう狙いからです。10代のころに決めていた期限に収まるようにベンチャービジネスの準備を始めたかったのです。仕事を通じていろいろな方と知り合い、お世話になる機会もたくさんあったおかげで、一応、目標だった30歳までにベンチャーの立ち上げへと歩を進めることができました。
【森本】 ほう、高校生の時に世に自分の真価を問うということを考えたのですか。
【萩原】 当時考えていたのは、将来、生まれてきてよかったなと、他人からも自分でも思えるようにしたいということでした。そのためには、世の中の役に立つことをしなければならないと考えました。
【森本】 生まれも育ちも香川県ですか。
【萩原】 生まれ育ったのは東京です。香川は大学からです。就職活動は、東京、大阪なども回りましたが、香川にもユニークな会社があるということで、最終的に「フォー・ユー」にお世話になったという形です。東京に戻ってきたのは、「はなまる」が東証マザーズに上場するときに、経営企画担当者として東京に赴任したときです。

後編 「企業価値への投資」(12月19日発行)へ続く。


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