僕が米国でMBOにより独立した1998年は、米国ネットバブル頂点の頃でした。実はバブルの時期というのは、さまざまな人が参入してくるし、お金もだぶつき気味になり、ビジネスとしてはあまりうまみのない時期なのです。そこで日本への進出を考えたのです。当時の日本は、長く経済が停滞していた時期でした。僕自身、米国のブームは数年遅れて必ず日本でも起こるという確信がありましたので、同じモデルを日本に持ち込めば先行者メリットを必ず取れると考えたのです。
もう一つの理由、といいますか思いは、外から見て日本経済が瀕死の状態に見えるのがたいへん悔しかったのです。何とか日本経済を立ち直らせる一助になれないかという使命感のようなものがありました。
そして、1999年、日本にネットイヤーグループを作ることにしました。社長はスタンフォード大学でMBAを修得し、シリコンバレーでコンサルティング会社を経営していた石黒(不二代・現社長兼CEO)さんにお願いしました。この会社は、日本のネットバブル崩壊を乗り越え社員100人を超えるまでに成長しました。 |