私が結婚したのはちょうど司法試験を目指していた頃です。新婚生活は4畳半と3畳のアパートで始めました。高度成長で日本が一番輝いていた時代で、私の部屋には毎日のように大学の仲間や後輩たちが押しかけてきました。狭い部屋で膝を抱え「人生とは何だ」など口角泡を飛ばす議論をしていたのです。学生は元気ですし、未来は明るかった。皆、人生がおもしろくてしょうがなかったのです。しかし妻は大変だったでしょう。毎回彼らに食事を出してくれたのですから。このとき妻がよく作ってくれたのが「おでん」でした。妻が数えていたらしいのですが、当時は、わずか半年の間に250人も私の部屋に来て飲み食いそしたそうです。2人の貯金はゼロになりました。
1973年、博士課程を修了し私はアルバイトから会計事務所へ正式に就職することにしました。世間は第1次オイルショックで騒然としている頃です。私自身は「監査法人とはどんな所だろう」と観察するつもりで監査法人サンワ事務所(現監査法人トーマツ)を訪ねたのですが、勤務していた大学の先輩から「いつから来るのだ」となかば強引に誘われて入所を決意しました。当時は、石油価格の暴騰で企業は苦境に陥り、サンワ事務所には調査依頼の仕事がそれこそ山のように来ていたのですね。とにかく人手が足りなかった。
もちろん私がサンワを選んだ理由は、誘われたからだけではありません。公認会計士にとっては大手監査法人に入り大企業の監査を手がけるのがステータスです。しかし大企業の監査となると仕事量も膨大で、一人が会社の全体を見ることはできません。私は会計に関する知識はありますが、実務経験はほとんどありませんでしたので、まず小さくてもよいから会社のすべてが見られる仕事がしたかった。そうなると大手の監査法人ではなく、中堅クラスのサンワの方が自分の希望する仕事ができると思ったのです。
|