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Front Interview
第1話 第2話
第3話 第3話
Vol.017 独立行政法人中小企業基盤整備機構 理事 後藤芳一第2話 俯瞰図から思想図へ
コラム(2) パーソナル・データ(2)
実用化に結びつくかどうか
 さて、福祉用具の補助金の話ですが、提案された開発企画を選ぶ際に、もっとも注意したのが実用化に結びつくかということでした。実は通産省ではそれまでにも福祉用具の研究に予算をかけていました。たとえば「盲導犬ロボット」です。ロボットはできても、外にでて段差があると止まってしまいます。研究面では成果があったのでしょうが実用化とは遠いものでした。「通産省が盲導犬ロボットに予算を出した」と聞けば、利用者の方は「自分たちにも、盲導犬の替わりの目が手にはいる」と期待するわけです。そこで、この法律は、こんどこそは実践的にいこうということで、福祉用具実用化開発の助成を行うことにして、「実用化」に特に配慮することにしました。  提出された企画の内容が良いと、そこで財務をみます。補助金を申し込んでくる企業の貸借対照表・損益計算書を見るのですが、中小企業の場合には結構バランスがイビツだったりします。帝国データバンクの格付けでCなら十分、Dでもなんとか考えます。データがあればまだいいほうですが、信用調査のデータがないものも多い。それでも補助金を出すには、貸借対照表か損益計算書をにらんで、そこから良い点を探し出して「会社の体力はある」「売上は出ている」「債務はいずれ消えそう」「周りが金融支援をやりそう」などと理由を考えて補助金を出していました。  なぜここまでしたのかと言えば、一つは私がこの補助金の初代担当だったからです。あとに続く人が、条件をゆるめる方向に変えるというのは簡単ではありません。そう考えて、可能なかぎりゆるい条件にしました。もし、不正使用などの事故があって検査などで指摘されれば、徐々に厳しくするようにと考えて、そのマージンを残したというと変ですけど、かなりの性善説から始めました。もう一つの理由が、市中の銀行ができないところをカバーするのが私たち公的機関の仕事と思っていたことです。もちろんこれは私の判断だけでなく、上司もそれでよいと背中を押してくれました。

福祉用具を産業にする
 結果的に事故は一件も起きませんでしたし、悪質な企業もありませんでした。逆にこれまでに9社が収益納付しています。収益納付というのは補助金が使われた事業で利益が生まれると、その利益からいくらか返してもらうことです。もちろん補助金が全額返ってきたわけではありませんが、企業が収益納付したということは、補助金で成果をあげたという客観的な証明でもありますから、その企業や補助金制度自体に対する評価は確実なものになります。
  福祉用具法ができた当時、日本の福祉用具はとても未熟といわれていました。人口がわずか900万人ほどのスウェーデンの福祉用具と比べてもです。技術も産業もあるのになぜ福祉用具では見劣りするのか。それは、福祉用具の受給に市場原理が働いていないからと考えました。一般の商品なら、消費者の声が直接メーカーに届きます。しかし福祉用具は公的給付制度があるため、消費者とメーカーの間に役所が入り、消費者の声が届かない。そのため、消費者が商品や産業を磨くというサイクルが働きませんでした。日本の家庭電化製品や自動車が強くなったのには、これがあったわけですね。
  NEDOで仕事をするうちに、福祉用具の世界に市場原理を働かせる必要があると考えるようになりました。当時の部下は1名でしたが、「福祉用具を産業に」「市場原理を導入」を合い言葉に、少しずつ賛同者を広げていきました。今から考えると、教義をつくってプロパガンダをしてということで、思想や運動のようなところもあったかもしれませんが、初期段階の産業政策というのはそういうものかもしれません。いま、福祉用具産業の市場は4兆円になっています。

(7月18日更新 第3話「血涙の意志」へつづく)  




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