起業家・ベンチャーキャピタル・投資家を繋ぐコミュニティ・マガジン

VC vision
前編 後編
第25回 日本発ベンチャーの可能性 後編 成長シナリオへの投資
カーライル・グループのベンチャー企業、中小企業への投資戦略は、
バイアウト投資とベンチャーキャピタルの
中間のポジションの立ち位置で投資を進めていくというものである。
同社では、それをグロース・キャピタルと名づけた
独特の投資スタイルを確立している。
グロース・キャピタルとは一体どんな投資法なのだろうか。
カーライル・ジャパン・エルエルシーの吉崎浩一郎氏に、
その具体的な投資手法についてお話をうかがった。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
主な投資先事例
海外とのつながりを持つ中堅企業が多い

【森本】 グロース・キャピタルの展開を始めて2年の間に、どのような変化が出てきましたか。
【吉崎】 当初、我々のチームでは、グロース・キャピタルをマイノリティ投資でやることを目指して立ち上げたものだったのです。ところが、いざ蓋を開けてみると、バイアウトの案件が結構多く入ってきたということがあります。ただ、先ほどからお話ししているように、バイアウトといってもレバレッジだけでなくて、成長シナリオを見るバイアウト投資をしていこうという流れになってきたのです。そして、そうした看板を掲げてやっていくと、そういう案件が意外に多いということが見えてきています。これが一つの変化になります。それから、投資案件を見ていくと、思いの外、中堅企業でも、主にアジアですが、海外とのつながりを持つ企業が多いことが分かってきました。そうすると、我々のアジア展開が、非常にフィットしてくるわけです。アジアのプラットフォームでやっていることの意味を実感するようになりました。
【森本】 投資先に変化はありましたか。
【吉崎】 2年間での投資先は、実は1件だけです。昨年4月に投資した仲谷マイクロデバイスだけです。とはいえ、アジアでの活動が始まったのは2006年の初めごろですから、最初の1年で1件の投資というのは、チームとしては予定通りの展開です。そして、今年には、大きい案件が待ち構えていまして、今動き始めているところです。
【森本】 審査している案件はどれくらいの数になりますか。
【吉崎】 2年でだいたい200件から300件くらいです。
【森本】 業種や分野ではどのような傾向にありますか。
【吉崎】 テクノロジー関係、製造業、IT・通信系が多いですね。最近は小売、サービス業の案件も増えてきています。
【森本】 紹介が多いのですか。
【吉崎】 ほとんど紹介です。個人のネットワークから入ってくる案件、会社の経営者ルートや金融機関からの紹介が多いです。あとは、カーライル・ジャパンのバイアウトチームとの共同検討案件も増えていますね。
【森本】 経営者ルートとはどういうものですか。
【吉崎】 具体的にいうと、私の場合は新興企業が最近多いですね。事業がうまくいかない相談を受けたり、逆に前向きに企業を大きくするためのスキームの相談だったり、そういう話から案件が広がっていきます。これまでの経験で蓄積されたルートですね。

自分の利益の前に経営者の利益を考えよ

【森本】 経営者からの相談も多いのですか。
【吉崎】 ベンチャーキャピタリストというと、事業の将来を語って、がんばっていきましょうというポジティブなイメージがありますが、実態としては悩み相談室みたいな側面も大きいですね。
【森本】 ベンチャーや中小企業の経営者にとって、カーライル・ジャパンを注目すべき点はどこにありますか。
【吉崎】 我々としては、グロース・キャピタルという新しい投資を実践しているという意識があります。ベンチャーキャピタルの方に我々の話をすると、頭では理解しますが、ベンチャーキャピタルには買い手、売り手としての主体的なM&Aの経験がないので、なかなかできないと思います。あと、ファンドのサイズやノウハウですね。ここも大きな差異になります。
【森本】 吉崎さんと同じチームの朝倉さん(マネージング・ディレクター)は、ベンチャーキャピタルとバイアウトの両方の経験を持っておられる。
【吉崎】 はい、これは結構重要なことです。バイアウトだけしか経験がないと、どうしても規模の大きい案件に重きを置いてしまいます。レバレッジをかけてどうやって儲けようか、という発想になってしまいます。逆にベンチャーキャピタルは、レバレッジをかけることを想定しないので、いいバリューエーションといい条件の案件を見て、事業のポテンシャルをどう見るかというやり方です。この二つは似て非なるものだと思います。我々には、その二つを経験した人材がいますので、両方の見方で案件を見ることができるわけです。まさに、そこからグロース・キャピタルというコンセプトが生まれてきたのですが、ここは大きなポイントになっていると思います。
【森本】 吉崎さんの経歴をお聞かせください。
【吉崎】 1990年に三菱信託銀行に入社し、国際金融・法人融資を担当しました。その後、日本AT&Tを経て、1998年よりMKSパートナーズ、シュローダー・ベンチャーズでIT・通信業界を中心に欧米型ベンチャー投資とMBO,企業再生を中心にバイアウト投資を経験してきました。2005年からカーライル・グループのグロース・キャピタル・チームのディレクターを務めています。
【森本】 今後のビジョンをお聞かせください。
【吉崎】 個人としては、自分にしかできない投資をしたいという思いがありまして、そこで見つけたのがこのグロース・キャピタルのコンセプトになります。ベンチャーキャピタルとバイアウトの両方の経験があるので、二つのいいところを生かした投資ができればいいな、と思っています。ですから、これからは、この投資スタイルで実績を積み上げていくことが目標になります。また、お金を扱う仕事をしていると、物事がお金に動かされたり、お金で人の心が変わったりという現場を、リアルに見ることがあります。それらの経験から、この仕事をやるうえで、キャピタリストとして、また、ファンドマネジャーとして、倫理観を曲げないでやっていきたいと強く思っています。その結果、この仕事を長くやっていくことができるのではないかと思っています。私が10年間この業界でやってこれたのも、この姿勢があったからだと思っています。
【森本】 自分なりの原則というものはありますか。
【吉崎】 自分の利益の前に経営者の利益を考えよ、ということです。経営者が儲からないと、我々に収益は出ないわけですから。経営者が我々と付き合うことで幸せになることが、結果、我々のところにも幸せが跳ね返ってくるわけです。そこは、いつも意識しているところです。


インタビューを終えて

日本のプライベートエクイティ市場は、一層の市場拡大が期待されながらも、その成長力になかなか力強さが備わらない問題を抱えている。外資系投資ファンドが日本市場での展開に二の足を踏む状況は、いかんともしがたい。しかし、日本企業の技術開発力が国際的に高く評価されている事実を見れば、日本市場がもつポテンシャルは、高い水準にあることは疑うべくもないはずだ。外資系ベンチャーキャピタルとして日本市場に照準を当て、従来にない視点から新しい投資スタイルを確立したカーライル・グループのファンド戦略は、日本市場拡大への一つの突破口となる可能性がある。このファンドが、ベンチャー企業や中小企業を、一層の成長へと導く新しいエンジンとして機能すれば、プライベートエクイティ分野の活性化に大きく貢献することになるであろう。(森本紀行)

次号第26話(2008年4月2日発行)は、ngi investment 金子陽三さんが登場いたします。


HC Asset Management Co.,Ltd