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VC vision
前編 後編
第30回 地域と育つベンチャー 前編 社会貢献と投資活動
大阪と兵庫にまたがる地域を地盤とする池田銀行グループの池銀キャピタルが、
投資業務を本格化させたのは2003年。
本体の池田銀行の融資業務と連動して投資先企業の成長に寄与するスタイルは、
地銀ならではのものといえる。
新産業、成長産業への投資に狙いを定める池銀キャピタルの投資戦略について、
後発ベンチャーキャピタルとしての課題も含め、
その考え方のエッセンスを代表取締役社長の神保敏明氏に聞いた。

interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)

大阪や日本のために一緒に成長しよう

【森本】 「夢仕込」という名称のファンドがありますが。
【神保】 これは、スタートアップ企業を対象に、我々と一緒に成長していきましょう、という位置付けで投資活動を行っているものです。指導、育成といういい方をよく耳にしますが、このファンドでは、そんな生意気な上の立場から企業をみるのではなく、地元である阪神地域や日本のために「一緒に成長しよう」ということを強調しています。このファンドは必ずしもIPOを出口として想定してはいません。確立した技術の転売も視野に入れて、その価値向上を目標にしています。安定的に成長していくのであれば、出口にはこだわらない運営をしています。こういういい方をすると、利回りと投資期間を考えた際に、割が合わないのではないかといわれるのですが、我々としては、利潤追求というよりも、銀行グループとしてその管内での技術やビジネスモデルの拠点をどう確立するかにウエートを置いているのです。ですから、普通のベンチャーキャピタルだと投資しないと思われる企業へでも、このファンドでは積極的に投資しています。この二つのファンド以外には、「大学ファンド」というのがあります。いま、「夢仕込ファンドKGI」、「夢仕込ファンドDI」という形で、関西学院大学と同志社大学とそれぞれファンドを組んでいます。これは大学発のベンチャービジネスを支援していこうというものです。大学発のバイオやテクノロジーなどが対象ですね。
【森本】 関学や同志社にバイオベンチャーがあるのですか。
【神保】 バイオという表現が意味する範囲はけっこう規定が難しいものがあります。大阪では、大阪大学がバイオの一つの拠点になって、バイオ関連の企業も非常に多くあります。我々はそういう企業にも投資していますが、大阪大学のバイオ関係は、医学部が中心なのです。医学部というと医療研究というイメージがありますが、大阪大学医学部のバイオ研究者には、実は工学博士が多くいます。バイオは生命に関与している分野だというだけで、そのメカニズム自体は、電子的な部分に大きなウエートが占められています。例えば、バイオを計測する技術はバイオというわけではありません。また、バイオ技術を評価する方法も、いわゆる生物的ではない概念を用いないと成り立ちません。そうすると、発想のスタートはバイオでなくても、その応用ではバイオの括りに入る技術もたくさんあるのです。人工心臓もバイオなのかといったら、技術自体はバイオじゃないのですね。動かすのはモーターなのですから。総合的にみるとバイオとは関係ない人間が大勢関与しているのがバイオの世界なのです。関学、同志社の工学系の技術もこういう応用でバイオに関係しているわけです。いずれにせよ、こういう形で大学ファンドを運営しています。
【森本】 ニュービジネスの成長産業への投資活動を通して、夢仕込というスタートアップを対象にしたファンドのコンセプトが出てきたのですか。
【神保】 これは、池田銀行グループとして、次の展開の足場をどう固めていくかという経営的な考えからきたものだといえます。そして、いかに社会貢献していくかということです。しかし、社会貢献というと偉そうないい方になるので、我々としてはギブ・アンド・テイクの考え方に立つようにしています。金融だから強者の立場にある、企業を助けるというのではなく、社会の機能の一つである金融の、社会的役割をどう果たしていくかが重要だと思っています。池田銀行グループが、阪神地区を基盤に社会から感謝、評価される組織として成り立っていくには、地元に新しいビジネスを根付かせていく役割を担っていかないといけません。幸い、大阪や神戸には研究の拠点があります。東京と比べると数の面では劣勢かも知れませんが。
【森本】 関西地区には大阪大学、京都大学、神戸大学、大阪市立大学という全国ブランドの大学がたくさんあり、研究者も大勢いらっしゃいます。
【神保】 はい。そして、こういう研究者が育てた学生もそれなりの数でいます。問題は、この学生たちが社会に出た時、大阪以外の企業に就職したり、大阪以外の場所で事業をはじめたりすることなのです。こういう学生を地元につなぎとめる、あるいは地元で何かやりたいという人のお役に立つために、夢仕込というファンドがあるということです。

製造業が再び回帰する動きが始まっている

【森本】 大阪や神戸地区で生まれた研究成果、研究者、起業者たちを積極的に応援しようということですね。
【神保】 ええ。そういう地元で何かやりたいという人たちにどう関与するかという問題でいえば、池田銀行では、助成金制度を設けています。これは、ニュービジネス助成金とコンソーシアム助成金の2種類があります。ニュービジネス助成金は、新しいビジネスプランを出した人たちに対して資金を贈与するものです。コンソーシアム助成金は、研究レベルを高めて実用化できることを目的に大学、研究機関などでビジネスとしての事業化にもう一歩で実現できるという研究に助成金を提供するものです。
【森本】 これまでの実績はどのようなものなのですか。
【神保】 ニュービジネス助成金は、昨年の場合12プランに対して1,000万円、これまでの累計では80プランに対して5,300万円が交付されています。コンソーシアム助成金は昨年の場合、13プランに対して3,000万円が交付されたと聞いています。池田銀行が行っている助成金制度では、潜在的な投資先の開拓に随分活用させていただいております。助成金提供先のエクイティを取得して何らかのお手伝いをしていくなど、さらに踏み込んだ支援を行う機会を得やすくなりますから。
【森本】 地域的なムーブメントといったイメージですね。
【神保】 そうですね。一方的にラブコールしても、恋愛と一緒で、追いかければ逃げられるだけです。相手からの申請があれば、こちら側からも引き寄せていくことができますから、シナジーをもって相思相愛になれるきっかけをつくることが大事だと思います。
【森本】 大阪経済は、思わしくないといわれていますから、復活の起爆剤にもしたいですね。
【神保】 ええ、大阪経済は、非常に厳しい状況にあります。ファンドの運営とは関係ないことですが、大阪は製造業の町といわれながら、この50年間、その地位はずっと低下してきているのです。結果論としていえば、過去30年で大阪にとって一番ダメージが大きかったのは、工場三法という法律です。もともとは公害防止を主旨とする法律ですが、この法律によって大阪の産業は空洞化していきます。この法律が適用されたのは、東京、名古屋、大阪、神戸などでしたが、適用範囲が最も広くて影響が大きかったのが大阪だったのです。適用された企業の実数では東京が最も多かったのですが、大阪の場合は、この工場三法によって工場の更新投資ができないため、製造業がどんどん衰退していくことになりました。そして、この衰退を食い止めるために、大阪の事業者はかなり海外へ出ていったのです。
【森本】 工場三法は2003年に廃止されることになります。
【神保】 はい。おかげでかなり戻りつつあって、阪神地域での工場の回帰は勢いを増しつつあります。兵庫県、大阪の堺市などは全国レベルでいってもかなりの規模で工場の新設が進められていますので、製造業が再び回帰する動きが始まっているといっていいと思います。たとえば大阪湾岸部では松下、シャープなどが拠点工場を新増設しています。このため、大阪湾岸は「パネル・ベイ」と呼ばれていて、周辺産業までを含めればかなりの金額の投資が行われています。製造業復活の芽が、ようやく出てきています。我々としても、そういうところにどのように関与していけるかが重要だと思っています。


後編 「経営者の意志とデューデリジェンス」(8月20日発行)へ続く。


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