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Vol.005 株式会社 サンブリッジ 代表取締役社長 兼グループCEO アレン マイナー第3話 人を活かす、人脈を活かす
コラム(3) パーソナル・データ(3)
日本でビジネスをしたい
 僕は1996年まで日本オラクルで働き、そのあとは米国本社に戻りました。そのころオラクル社は社員数4万人を超える大企業に成長していました。帰国後は、結婚して、長男が生まれて、と私生活にも大きな変化がありました。僕自身も、このまま米国で暮らしていくのかなと、漠然と思っていました。
  米国オラクルでの仕事は、部長として、富士通とのビジネス関係を担当する仕事に就いていました。ところが、肝心の仕事がおもしろく感じられなくなっていたのです。オラクルの一部長としての仕事は、会社においては重責を果たすものではあったのですが、自分が関われる範囲が非常に狭くなっていたのです。つまり、自分がどんなに頑張っても、昔と違って会社全体に対する効果は、それほど大きくなくなっていたわけです。
  ちょうどその1998年ごろから、インターネットの世界が大きく変わってきていました。インターネットが単なる個人や企業の情報を紹介するようなホームページの段階から、高度な情報テクノロジーが駆使された本格的な活用の時代に移ろうとしていく時期だったのです。日本もITの勃興期で、日本のインターネットビジネスもおもしろくなりそうだなと思って注目していました。そして、日本でビジネスをしたいなと考えるようになってきたのです。

日本で作り上げた人脈を活かす
 日本でビジネスを始めるとはいっても、最初のころは、Web技術者は米国のほうが優れた人材が多いので、シリコンバレーで創業して、高い能力の技術者を使い日本マーケットを相手にしていこうと考えていました。つまり、カリフォルニアに住み続けながら事業をして、月に1週間ぐらい日本に行けばいいだろうと軽く考えていたのです。
  実際半年間はそのとおりにやっていましたけれども、実際のビジネスはうまく回っていきませんでした。日本を相手に商売をするならば、やはり日本に行かなければダメだということがわかったのです。それになによりも、せっかく日本で作り上げた人脈を活かすことが充分にできませんからね。
  そして、佐野さんのところへ相談に行きました。佐野さんからは経営に関するじつに多くのことを学ばせていただきましたが、日本で会社をつくりたいという私の話に、「日本と米国はあらゆる面でたがいに必要としあう存在であるのにもかかわらず、文化や慣習の違いから誤解や争いごとを引き起こしています。もっと尊敬しあう心をもつようになれば素晴らしい成果を生みだすことができるはずです」とおっしゃり、「米国人であるあなたが日本で起業するということは、日本と米国を繋ぐ架け橋となることではないでしょうか」といってくれたのです。弊社の社名である「サンブリッジ」、つまり太陽に架ける橋はこうして生まれてきたのです。そして、現在は日米間の架け橋だけではなく、ベンチャーハビタットに集うさまざまな人々の間をつなぐ架け橋となっているのです。
(7月26日更新 第4話「人のために役に立つ」へつづく)



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