父は郵便局に勤める公務員でした。私の田舎は、いわゆる一般企業に勤める人がほとんどいないようなところでした。ですから子供の頃、将来どんな職業に就くのかを考えるときにも、サラリーマンというのが想像できなかったのです。父も自分と同じような堅い仕事についてほしいという願いをもっていたようです。
高校時代、奈良女子大学の名誉教授で世界的な数学者だった岡潔先生のエッセイを読み、いたく感動しました。そして、「将来は数学者になろう」と決めたのです。しかし、大学受験で浪人して少し迷いが出ました。就職のことを考えてみると数学科はまずいかなと思ったのです。現在なら数学科出身者はコンピュータ関係や保険会社、あるいは金融工学方面へと活躍する分野が広がっていますが、当時はまわりから「数学などで飯は食えないぞ」とか、「将来はせいぜい高校の先生ぐらいしかなれないぞ」など言われていましたから。
そんなわけで専攻は数学に近いところで、就職に際しては数学科より少し有利に思えた理学部の物理学科にしました。ところが、入学するまでは自身の学力に自信があったのですが、実際同期の連中と机を並べてみて、レベルの違いを思い知らされました。このまま大学院に残って学者の道を目指すことはとても無理だと自覚したのです。それで数学者になるという夢はきっぱりあきらめて、就職の道を選びました。 |