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Front Interview
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Vol.012 三井法律事務所 弁護士 代表パートナー 三井拓秀第3話 起業弁護士
コラム(3) パーソナル・データ(3)
ふたたび日本へ
 ロンドンの東京銀行で1年近く働いたあと、帰国することにしました。私はロンドンで学んだ仕事、具体的には東京銀行で手がけていたデリバティブ取引に関する法務などを手がけようと思っていました。こうした仕事は、当時の日本ではできる弁護士がまだ少ない状況でした。正直、あまり効率のいい仕事というわけではなかったので、手つかずという状態だったのです。それで私自身が金融機関に勤務していたというのを武器に、積極的に銀行に飛び込んでいきました。
  1980年代にはデリバティブといっても日本の金融機関にはあまり知られていませんでした。これは日本が知らなかっただけで、海外市場ではずっと昔から行われていたものです。それが規制緩和もあって1990年代には、このデリバティブ取引やスワップ取引が、日本の金融機関にとって積極的に取り組まざるを得ない仕事になってきたわけです。
  また、それまでは銀証分離といって銀行と証券は、お互いの壁を乗り越えないということでやって来ていたのですが、だんだんその壁も低くなってきた。銀行が証券会社をつくって、証券業務に積極的に進出するようになったわけです。こうした状況もあって銀行からも証券会社からも次々と依頼が舞い込むようになってきました。

大型組織への疑問

 1986年に設立した事務所というのは私たちをコーディネートしてくれた方の看板を借りて仕事をするという形でした。当時は私たちの名前は出ていませんでした。1988年にはその方からも独立して、三井安田法律事務所を設立することになりました。独立したのは折しもバブルの全盛時代でした。これも運ですね。これから来るぞという思いはなかったのですが、マーケットは沸騰状態になりました。設立した弁護士事務所もどんどん大きくなりました。
  三井安田法律事務所は最盛期で、弁護士が75人ぐらい所属していました。当時はより多く集めれば良いだろう、大きくしなければいけないのだという考えに取り憑かれていてとにかく人数を集めました。しかし、仕事をしている中で、ふと、それは間違いではないかと気が付いたのです。それが今の事務所を設立する転機になりました。
  なぜ大きな組織に疑問を感じたのかといいますと、まず時間がかかるというのがありました。弁護士事務所というのはパートナーシップですから、ことにあたるにはパートナーの全員にはからなければならないのです。少人数でやっているうちはいいのですが、ニーズに応えて人数を増やしていくと、全員の了解を得るためにどんどん時間がかかるようになっていくわけです。組織として動きが遅くなっていくのです。





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