帝人にいた29歳の時、自分は大企業には向かないのではないかと思い始めました。しかし、独立して一人で生きていくとなると、その方法は限られます。それは法律や会計の資格でした。手始めに我妻栄著の民法を読んでみたのですが、これがおもしろかった。これだと思い、通信講座を受講し司法試験を目指し勉強をはじめました。
司法試験の一次試験の願書を郵送した頃、たまたま会社の事務所の隣席の机の上に日経新聞が置いてありました。そこに三井銀行(現三井住友銀行)の中途採用募集の求人広告があったのです。条件は国際業務・証券業務、またはシステム関係の経験者であることですべて該当しませんでしたが、なんとなく銀行の人が私のような技術者をどう評価するのか興味がわいて履歴書を送ってみました。「銀行の中には製造業の経験者もいたほうが良い」「経営に興味がある」と自らの考えをまとめた文書も付けました。すると三井銀行から「面接に来てほしい」と自宅に電話がありました。もちろん会社には内緒ですし、妻にも「出張に行ってくる」と言い、銀行の面接に松山から東京に出かけたのです。
面接では三井銀行が新しい事業として手がけるM&Aについて熱心に説明されました。M&Aについて知ったのはその時が初めてで、よく分からないけれど、この仕事はおもしろいかもしれないと思いました。そして、帰りの飛行機の中で、銀行に行くことを決心したのです。「銀行に行く」と妻に話したときは唖然としていました。独立したいという話はしていましたが、まさか銀行へ行くなどとは思っていなかったのでしょう。しかし、すぐに理解してくれました。銀行への転職は、両親や親族、会社の上司、同僚も友人も誰一人賛成してくれませんでした。皆「現状の何が不満なのだ」と聞いてくるのです。銀行に転職することについて、誰一人として「おもしろそうだ」とも言ってくれませんでした。 |