日本IBMでは営業からチャネル営業へ移り、その後、製品ブランドスタッフとして中堅中小企業向けのサーバー営業のチーフとなりました。そして1999年、37歳でインターネット企業のサーバー営業のリーダーとなったとき、当時の事業部長の橋本孝之さん(現・日本IBM専務)から「これからはアマゾンのようなサーバーを大量に使うネット系の会社が次々と設立されてくる。その担当をするように」と命じられました。
日本IBMは、インターネットを利用して事業展開を図る企業を「ネット・ジェネレーション企業」と位置づけ、こうした企業に対してサーバーを販売していくという戦略を立てたのです。こうして立ち上がったのがITベンチャー開拓チーム「Net Generation Task」、略して「ネットジェン」と呼んでいました。
ネットジェンは37歳の私がヘッドで、他の部署から招集したスタッフもすべて20代から30代。営業やSEのそれぞれの分野でピカイチのスタッフが集まりました。仕事の進め方については会社からすべて任されていました。私たちの仕事はベンチャー企業に直接投資をするわけでもなく、また実際に売上を立てていくわけでもありません。新しいベンチャーを発見して、初年度サーバーを安価(無償のケースもある)に提供して、翌年度以降にサーバーなどのビジネスにつないでいくことが目的でした。つまり初年度は利益を生まない部門でしたから、マーケティングもなるべくお金をかけずに効果的にということを念頭に考え、工夫をこらしました。 |