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VC vision
前編 後編
第23回 ベンチャーとともに、ベンチャーを歩む。 後編 成長というリターン
「神奈川県を日本のシリコンバレーに」という理念を掲げる
TSUNAMIネットワークパートナーズの子会社のTNPオンザロードは、
ベンチャーキャピタルとして米国のシステムに倣うだけでなく、
日本の産業文化に根付いた独自の理念の展開を志向している。
外国人スタッフを積極的に採用するのも、
TNPオンザロードの理念を外国人投資家へ理解させる目的からだ。
後編では、TNPオンザロードが目指すベンチャーキャピタルの理念と
その具体的取組みのあり方をうかがった。
interviewer:森本紀行(ベンチャー座アドバイザー、HCアセットマネジメント代表取締役社長)
メンバーズ一覧主な投資先事例
グローバルなマーケットを投資の対象とする

【森本】 TNPオンザロードにはどのような経歴の方々が集まっているのですか。
【山下】 米国では、ベンチャーキャピタルは事業経験のある人が、その延長線上でキャピタリストになるのが一般的です。でも日本では、起業に成功して、自分の事業経験を背景にベンチャーキャピタルをやる例はあまりないですね。我々も設立当初のTSUNAMIネットワークパートナーズでは、ほとんどが野村證券出身でした。TNPオンザロードになってからはいろいろな人が仲間に入っています。事業会社をやめて入社した林田弘二さん、米国フェアファックスカウンティーの経済開発局でビジネスエンジニアリングをやっていたトーマス・P・ローガンさん、それに、兼頼成彰さんというIRのプロフェッショナルも入ってきました。中国人の羅智さんは、バンク・オブ・チャイナから日本の大学を経てNISグループで投資事業経験をしています。アシスタントインベストマネジャーが5人いますが、その中の一人は、バイオの分野で博士号の学位を持っていて米国に駐在しています。韓国人の姜旻秀さんは、我々のネットワークであるソウル大学の先生の紹介で入ってきた人です。
【森本】 外国の方の比率が高いですね。
【山下】 我々の投資がグローバルなマーケットを対象としているので、我々のビジネスモデルを短期間にリードするには、日本でのビジネスだけでは難しくなっています。日本、韓国、台湾、中国、そのほかのアジアを連携して、低コストで、短期間で、精度の高いものを仕上げることが必要です。米国、ヨーロッパ、アジアのマーケットをどう俯瞰するかを考えたとき、グローバルな感覚でビジネスモデルを育てることが大事になります。そういうとき、日本の文化がよくわかっていると同時に、本国の感性、ネットワークがわかっている人が必要になってきます。
【森本】 外国人スタッフの方が日本の文化を知っていることの重要性はどのようなところですか。
【山下】 我々はもともと、グローバルスタンダードなんてない、という考え方に立っています。今いわれているグローバルスタンダードは、米国のルールにすぎません。たとえば、米国のベンチャーキャピタルはボードシートに関して、最初の契約の段階からマジョリティーのシェアを持つ条件を一緒に要求してきます。株主の権利を全面的に主張してきます。しかし、我々はそのような考え方はしません。問題はボードシートもマジョリティーもどういう形で押さえていくかというやり方の問題だと思います。我々は株主だけがステークホールダーだとは思っていません。創業者であるテクノロジーのホールダーが3分の1、リスクをとってマネジメントする人が3分の1、外部の出資者が3分の1という風に、お互いが資本政策の中で、関わる人に利益を配分する仕組みがあってこそ、思いを一つにして同じモチベーションで短期間の勝負ができるのです。日本には、聖徳太子の「以和為貴」(和をもって貴しとす)という考えが根付いているわけです。だとすれば、資本政策、チームのワーキングなども、参加者一人一人を大事にしていかなければいけないと思います。さらには、我々は、我々の考え方を、米国の投資家にもわかってもらわなければなりません。しかし日本人の感性で日本人の言葉でしゃべっても、外国人相手に理解してもらうには、限界があります。だから、米国では米国人に、韓国では韓国人に、中国では中国人にコミュニケーションしてもらった方が、理解してもらいやすいと思っています。

すべてのものには限りない可能性がある

【森本】 案件の発掘はどのようになさっていますか。
【山下】 我々は、受け入れるドアを大きく開けていますから、いろんな案件が、いろいろなところから、いろいろな形で入ってきます。いま、我々のメールマガジンの「TNP通信」を6,000人近い人たちにお送りしていますが、その読者からも案件情報が入ってきます。この方達は私たちが直接お会いして、TNPの理念から活動までちゃんとご理解をいただいている顔の見えている人たちです。また、月1回開催するビジネスプラン発表会で関係を持たせてもらっている人たちもいます。こうした関係性の構築は、シリコンバレーの本質であるパーソナルな信頼関係に近いもので、我々も、パーソナルなネットワークの中でベンチャービジネスのクリエイティブを志向しています。このことは非常に重要なことで、新しいパラダイムでは会社と会社という組織の関係ではなく、パーソナルな信頼関係でネットワークが構築されていく時代なのです。したがって私たちのところに入ってくるディールは組織や会社の壁を越えて入ってきます。
【森本】 案件の投資へ至るプロセスはどのように進められていますか。
【山下】 すべてのものには限りない可能性がある、というのが我々のキーワードです。ですから、絶対にノーからは入らないという原則で取り組みます。また、投資先には可能な限り我々が出向いて、投資案件の現場を実際に見てお話を聞くことも重視しています。そのときも、基本的には担当チーム全員で行きます。なぜそんなに大勢で来るのか、とよくいわれますが、やはり、皆が同じものを見て同じ認識で議論をしないと、細部での議論ができないのです。新規性のあるテクノロジーになればなるほど、口で説明してもリアルには伝わりません。チームで共通の認識があれば、問題が起きたときにも、スピーディーな判断がしやすくなります。情報の共有化、共通の認識、コミュニケーション、そして迅速な行動と判断です。
【森本】 チームの構成はどのようになっていますか。
【山下】 インベストメントマネジャーに、アシスタントとアソシエイトが1名から2名、そこに投資委員会のメンバーが入ります。そのメンバーで現場にいって話を聞きます。もちろん、投資可能な案件とそうでないものがありますが、我々は、お断りするケースでも、必ず先方に出向いて、その判断の理由をきちんと説明します。それは、その後のフォローの問題でもあるのですが、たとえば、そのテクノロジーが、今は時流に乗っていなくても、何年かあとにそのテクノロジーやビジネスモデルが必要になってくる場合があります。実際にも、そういう例はありました。ですから、お断りしたあともサポート展開をさせてもらうことが少なくありません。
【森本】 ほう。
【山下】 よく技術の「目利き」はどうしていますかと聞かれます。しかし、そもそも「目利き」とは何でしょうか。新規のテクノロジーがその時点でどうかを判断するのはそもそも無理があると思っています。既知の情報がないわけですから。「見識者」といわれる人に聞いてもわからない世界なのです。たとえば、エレクトロニクスのカテゴリーで、新しいデバイスがあったとして、そのテクノロジーをピンポイントのところで理解できるのは、その技術の奥深くに関わっている人だけです。逆にいえば、そういう人にたどり着けるだけのネットワークが重要になってくるわけです。そういう意味で、6,000人のネットワークは非常に貴重で、そうしたルートで技術の将来性を確認し、そして、グローバルな競争力があると判断できれば、投資判断をすることになります。重要なのは無限の可能性を認識できれば、後はどう支援していくかで、新規性の高い技術ほど既存のアプリケーションでは判断できないものがあります。できるだけそのビジネスに近い人にヒアリングができるためにも信頼のネットワークが重要になります。

人間の持つ弱さも含めて受け入れる

【森本】 投資をしない判断は、どこに基準をおかれますか。
【山下】 そのテクノロジーの本質的な価値がどこまで追求されているかは、よく見ます。データベースで論理的に解明されているかですね。そこがあいまいなところは、投資しません。それから、国際競争力があるかどうかです。
【森本】 経営者などの人的判断ではどうなさっていますか。
【山下】 それも大切なポイントです。しかし、一緒にワークして見ないとわからないことでもあるのですが、経営者に一番求めることは、嘘をつかないこと。ディスクローズしてくれるということです。こちらも丸裸になってオープンマインドでやろうと考えているわけですから、それを拒否する人とは、一緒にはできません。リスクマネーはディスクロージャーを担保に信用創造されるわけですからこのことは最も重要になります。あとは、一緒にワークをして問題が起きてくれば、その問題を解消していくわけですが、ダメなら、社長を交代していただくということになると思います。実際にもそういう例はありました。結局、人間の本性というものは、土壇場にならないと出てきませんから、その時に、それを我々がどう受け入れるかということが、重要になるわけです。人間の持つ弱さも含めて受け入れていかないと、物事は前に進んでいきません。ダメなものをダメだというのは誰でもできることで、ベンチャー経営者ほど、孤独な世界もないわけですから、キャピタリストとして、サポートに徹するポジションの中で判断していきたいと思っています。逆に、そうであるがために経営者としての厳しさを強く求めることもあります。時には非情に徹する場合も必要になります。
【森本】 投資先は、テクノロジーに特化されているのですか。
【山下】 テクノロジーとサイエンスを基軸にしているのは確かです。とくに2000年から現在に至るまでのベンチャー支援の事業の中で、結果的に、半導体、素材といった業種の案件が多く集まっています。それは一つに、我々がITバブルの流れに乗らなかったということがあります。2Dから3Dへ、そして、ナロードバンドからブロードバンドへとインフラが変わっていく中、テクノロジー自体ももう一つ次元を超えたところに向かわないと、IT革命の実現は難しいというのが我々の読みでした。だから、周りのベンチャーキャピタルがインターネットへ流れていたときに、我々は、コツコツと足元のテクノロジーに投資していたのです。我々のポートフォリオにテクノロジーが多いのはそのためです。最近では、ITのインフラも相当高次元の水準に整備されてきていますから、そろそろ、新しいインフラの上でのソフトやコンテンツでのビジネスにも注目するようにしています。
【森本】 テクノロジー以外の投資先もあるのですか。
【山下】 はい。我々の場合は、2、3年から5年くらいの間にどういう変化があるかを先取りして動いているので、必ずしもテクノロジーでなければならないというわけでもありません。たとえば、新潟県の錦鯉をハワイで育成・販売をするビジネスに投資しています。米国では錦鯉のビジネスが日本の比ではないくらいの規模で発達しているのです。これはデジタル化社会の中でクオリティー・オブ・ライフという価値創造を追及しています。また、日本食の居酒屋を米国で展開する投資先もあります。日本の食文化がちゃんとした形で日本人の手で浸透していない。そこに価値創造の可能性があると認識しています。同時に夢や希望を見失っている日本の若者が海外でチャレンジできる土壌にもなると思っています。なぜ、こういうビジネスも手がけるのかというと、テクノロジーとサイエンスだけを見ていると、世の中の動きがわからなくなるからです。人々のライフスタイルの全体像をつかんでいないと、世の中のトレンドや、人々の志向性が見えてきません。デューデリの段階で、我々がなぜそのテクノロジーの将来的可能性を認識できるかという前提条件に、我々が人々のライフスタイルだとか、志向性について常に感性を磨いて見ているからです。それをやっていないと、どの段階でそのテクノロジーが役に立つかが判断できないわけです。



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