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Vol.023 市民バンク代表 片岡勝第2話 死線
コラム(2) パーソナル・データ(2)
生命の源泉へ
 そのような状態の中で、トイレに行くとどこからか視線を感じるのです。ふと下を覗くと、豚が見上げて、自分の餌が落ちてくるのを待っているのです。そこはもう人と動物の境界がない世界です。今までいた日本からは想像できない世界です。身体は痩せていく一方ですが、原初的な生きる力みたいなものがだんだん湧いてきて、元気になっていくのです。あそこで人の生き死にが分かれるのでしょう。死ぬ人は、きっとあそこで死んでいくのでしょう。僕は「死ぬものか」と思いました。
 そういう体験の中で、僕はもう一度、どん底まで落ちるのです。何をしたかというと、夜中に空腹に耐えられなくなって、非常用のチョコレートを、こっそりと食べてしまったのです。腹が減ると頭がシャープになるといいますが、実際はそんなことありません。人間はとことん食べられなくなると、考えることは、もう食べ物のことだけになります。
 向こうは、ぎりぎりの生活の中で、自分たちの身を削ってまでシェアしてくれたのに、豊かな国からきた自分は、分け与えることもせず、隠れて食べていたのです。俺は、何て卑劣な人間なのだ、人間のくずだと。自分の醜い部分に直面し、落ち込んだわけです。  

アンガジュマン
 身をもって己の醜さを知りました。しかし、そこまで落ちたことが良かったのかもしれません。その後、いろいろな場所でさまざまな経験をし、饑餓や難民の実態を見て、世界の矛盾と遭遇する中で、何もできない旅行者の自分に忸怩たる思いを抱くようになりました。旅行者というものは無責任な存在で、その場の問題解決には何の役にも立たないのです。単なる傍観者にすぎない自分に気づいたわけです。ちょっと待てよ、このまま放浪を続けて、年老いたヒッピーになっていくというのは、何か違うぞと。そう思った瞬間、どこかに碇を降ろそう思いました。そして、やはり日本だ、と決めました。それが30代の後半。40歳を目前にしていました。
 僕は、学生時代にサルトルの影響を強く受けました。彼の実存主義でいえば、「アンガジュマン(engagement)=行動が社会に影響を与えること」。つまり人間とは社会との契約の上で生きているという意味でいうなら、今の自分はちょっと違うのではないか、社会とアンガージュ(=契約・社会参加)しないで生きるというのはウソだという内なる声がずっとありまして、そのとき、それが自分の中で勝ったのです。たぶん、海外での放浪生活を経て、それだけ元気になり、自分を取り戻したこともあったのでしょう。もちろんその時はまだ、何か目的を持って、これをやろう、という段階ではありませんでしたが、「とにかく何かするのだ。やらなければ」、そういう思いでいっぱいでした。

(1月23日更新 第3話「透明性」へつづく)  




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