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Front Interview
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Vol.026 法政大学名誉教授 法政大学学事顧問 清成忠男第2話 調査
コラム(2)
挑戦する学問
 学問の重要な役割のひとつは、世の中で起きていることとその事象に対する認識にズレを学者が解いて問題提起することです。その研究には2通りのタイプがあり、一つは先人がやったことをなぞる訓詁(くんこ)学。でも、世の中の動きが激しい時代にあっては、そういう学問姿勢では、変化によって生じる新しい課題には対応できません。通説では説明がつかないことがあるのです。だからこそ、通念を疑い、新しい課題に挑戦する学問が必要になるのです。
 研究者の7割から8割は前者で、通説をなぞるに過ぎません。大学時代、ある著名な経済学の教授が日本は高度成長するはずがないというのです。マルクス主義の理論からすれば、資本主義はいずれ崩壊すると。だから景気がよくなって急成長している日本の現状は、歴史の例外だというのですね。私が異議を唱えると、烈火のごとく怒られました。でもあの頃は、そういう間違った権威が横行していたのです。結果は歴史が証明してくれています。
 実際に世の中に出てみて、学生の頃に学んだことと現実にズレがあって、通説というものがいかに陳腐だったかを思い知らされてきました。現実を見ていれば、それまで為されていた通説との乖離が実感として迫ってきます。事実と通念が乖離しているのは通念のほうが間違っているからで、学問はその現実を認識することから出発し、問いを発していかなければなりません。社会に出て、そのことを痛感しました。  

逆境を生き抜く勇気
 国民金融公庫時代でもっとも印象に残っているのは、小柴俊男さんとの出会いです。小柴さんは部下2,000人を率いた元陸軍歩兵大佐で、ひげをピンと生やして堂々たる体躯の方でした。入社間もないころ、「どこから来たのだね」と声をかけられたのが最初の出会いでした。東大と答えると、「俺の息子も東大だ。学部でいちばんで、今度留学する」とおっしゃるのです。学部と名前を尋ねたところ、理学部で名前は昌俊とおっしゃる。後にノーベル物理学賞を受賞する、あの小柴昌俊さんでした。
 小柴さんは武士然たるも風貌で、愚痴一つ言わない立派な方でした。若い連中でも態度が悪ければ、ビシビシ叱っていました。「自分もいろいろ辛い目に遭ってきたが、今は息子に期待している。だから君も、逆境にあっても諦めずに頑張れ。チャンスというのはいくらでもあるのだ」といわれました。この言葉には勇気づけられました。
 後年、小柴昌俊さんにお会いした際に「秀才の息子だとおっしゃっていましたよ」とお話ししたところ、「親は子どもに甘いんです」とおっしゃいました。戦後の価値観が転換する中で、陸軍大佐から一介の務め人になられて、武士そのものという人にとっては、生きづらい時代だったと思います。晩年の小柴さんを支えていたのは、息子さんであったのだと思います。

(4月16日更新 第3話「ベンチャーキャピタル」へつづく)  




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